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ダイヤモンド・アイ(3) ~だから、決して無くならないでしょう。ガン細胞と一緒ですよ(俳優・歌手/大浜詩郎氏)その2 [ダイヤモンド・アイ]

(前回からつづき)
聞き手;
「撮影中、大変だったなぁと思われたことは?」

大浜氏;
「いや、特に苦労したなという憶えはないですね。昔『黒部の太陽(70年)』という映画に出たんですが、その時のことを思えばどんな撮影も辛くない。(要約すると、黒部トンネル工事のシーンの撮影は、前半は厚着をして蒸し風呂状態で、後半は事故で大水に浸かるシーンを経験して、たいへんだったが若かったから乗り切れたと回想している)」

聞き手;
「オートバイに乗るシーンが多かったとおもいましたが」

大浜氏;
「この撮影に間に合うように、免許を取りました」

聞き手;
「お演りになっていて、ストーリーが複雑だと思われませんでしたか?」

大浜氏;
「確かに解りにくい部分はあったかもしれませんけど、観ていくと引き込まれていくんですよ。でも、視聴率的にはあまり良くなかったんじゃないかな。裏番組が堺正章さんの番組(ハッチャキ・マチャアキ/日本テレビ系)だったんですね」

聞き手;
「だから後半、ややカラーが変わりましたね」

大浜氏;
「やはり視聴率を上げたいということだったと思います。でも根本的な部分では、変わらなかったでしょう。ラスト、ライコウをかばって切られた蘭花(隅田和世)を助けてやってくれと、アイに頼むところとかね。非常にヒューマンな感じがしました。この作品は、非常に奥深い作品なんですよ。哲学的というのかな。子供番組なんて、ただ悪い奴らをやっつけておしまい、みたいなものもあるじゃないですか。

最近この番組を見返してみたんですけど、すごい作品をやっていたんだなぁと改めて思いました。鈴木宗男さんの事件とかテロとか、この作品のまんまじゃないですか。このことを最初に感じたのは、オウムの事件があった時です。人間を洗脳して多くの人間を殺傷させたというのを聞いたとき、『ダイヤモンド・アイ』と同じだと思ったんです。それに竜神代議士とか公害を垂れ流している工場とか、社会悪というものを徹底的に描いていたじゃないですか。社会に言いたいことを、随分と言っていたような気がします。だから、やった価値はあったかな。今こと花咲かせたい番組だと思いますね。

最近この作品を観たという25歳の人から、ファンレターをもらったんですよ。子供番組だと思って何気なく観ていたら、これはスゴイ番組だと。これほどまでに社会的なことを盛り込んでいるとは思わなかった、と書いていましたね」

聞き手;
「川内康範先生の作品には、“人の心が悪を生み出す”というテーマ性がありますからね」

大浜氏;
「だからね、決して無くならないでしょう。ガン細胞と一緒ですよ。断ち切ることはできないけれど、ならばうまく共存していく方法があるんじゃないか?と、いうことですよね。それはすごく難しいことだろうけど、できないことは無いんじゃないかな。凄く大きなテーマを持った作品をやっていたんだなぁと、今にして思いますね。当時はわからなかったですけど(笑)」

聞き手;
「この作品のショーで、ハワイに行かれたそうですね」

大浜氏;
「そうです。約一か月の間行っていました。KIKUテレビのプロデュースで、インターナショナル・スリリング・サーカスの興行と一緒だったんです。会場は、かつてエルビス・プレスリーがコンサートをやったHICというものすごく大きい会場ですよ。後にも先にも、3万人の客の前に出たことは、あれだけですね。

英語で『ラーイ・コウタロウ』と紹介されると、パーッとスポットライトが当たってね。『アロハ~』なんて挨拶して。英語でセリフを覚えていって。アイリングも、その時のやつはかなり大きいんですよ。普通の指輪じゃ、客席から見えないから。僕が『アイよ!』と叫ぶと、そこにライトがパッと当たってね。するとアイが2階の客席に現れるんです。二家本(辰巳)さんがアイをやってたんですが、そこから下に敷いたサーカス用の大きなマットに、空中回転しながら降りるんですよ。

向こうでの発音は『ダイヤモンド・アイ』じゃなくて、『ダイモン・アイ』って聞こえるんですよ。セリフもね、『ショウ・ユアセルフ(正体見たりという意味か?)』とか、『ドゥ・ユア・ベスト(献身せよの意味か?)』とかね。『ドゥ・ユア・ベスト』なんて何回も言ってると、お客さんが一緒になって言ってくれたりもしましたね。行ったのは放送が終わって、しばらく経ってからです。ハワイとかロスアンゼルスでも結構放送していたらしく、人気があったみたいですね。だから日本よりも向こうの方が、人気が上なんじゃないのかな」

聞き手;
「CDを出されたとお聞きしましたが」

大浜氏;
「“裕 詩郎(ゆう しろう)”という名前で、何年か前に出したんですよ。八代亜紀さんと裕次郎さんのプロデュースを手掛けられた中島さんという方が会社を作られて、そこで企画ものとしてやってみようということで。許可を取って、ジャケットに裕次郎さんの写真も使わせて頂きました。内容は、『あの世に行っても、一緒にやろうよ』というものです。残念ながら、あまり売れませんでしたけどね」
(おわり)


★★★★★★★★★★★★
裕詩郎さんの歌う「別れ歌を背中に」は、哀愁のある曲調でなかなか良い歌であると思う。どこか石原裕次郎にも似た声質が、この歌をよりいい感じに聞かせてくれる。この記事を書くまで、失礼ながら全く知らなかったことが勿体なく思われたというのが、正直な気持ちである。もっと宣伝をすれば、売れていたかもしれないがもう遅い。「追悼 大浜詩郎」で検索できます。

筆者は、この作品のヒロイン?でもある蘭花こと隅田和世さんのことが、とても好きであった。憧れの女性・お姉さんという感じでいつも観ていた。キカイダー01にも出ていたし、ホント憧れの女性であった。役柄である謎の女、敵か味方か解らない女・的な所も、彼女の魅力を倍増させていたのかもしれない。今はどうしておられるのだろうか・・・

改めまして、大浜詩郎氏のご冥福をお祈りいたします。


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