So-net無料ブログ作成
検索選択
ウルトラマン ブログトップ
前の4件 | 次の4件

50人のウルトラマン(3) [ウルトラマン]

ウルトラマンシリーズは1年間製作して50話ほどあるのが普通であるが、初代ウルトラマンは全39話しかない。それにはある理由があった!

(第3回)飯島敏宏(監督)・満田穧(監督)・栫井巍(かこいたかし TBSプロデューサー)

★飯島監督インタビュー★
「ちょっと恐ろしかったな、ウルトラマンは何物にも負けない強いということでやってきたから。ウルトラマンよりも強いという、これは悪ですからね。一番強いものよりも強いものに対して捧げる言葉が悪だとしたら、そういうものの存在っていうのは怖いし、そういうものは無いと思って作ってましたからね」


★満田監督インタビュー★
「放送局のプロデューサーが、この調子で言ったら放送に間に合うかねって言ったから、間に合いませんって答えちゃったもんで、じゃあ止めようということになって。普通だったら前後編とか使って最終回をやるんだけど、突如一本だけで止めてるわけですよね。

だけど一旦帰っていくんだから最後ではないなと思っていたし、また間に合うようなことになれば、帰ってこさせればいいんだなと思っていたしね」


★栫井プロデューサーインタビュー★
「もうギリギリでとても制作能力が追い付かないと。もう放送寸前で持ち込みというような状況になってきたんで、これはもうあきらめざるを得ないと。こっちは何とかして続けられないかと何度も申し入れたんですけど。

円谷側の制作体制が整わず、間に合わない、しばらく休みたいとかいうことなので、それならいつできるかわからないので、それなりにどこかへ消えるとか居なくなるとか、カッコイイ最終回を作ってくれと申し入れたんです」

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:テレビ

50人のウルトラマン(4) [ウルトラマン]

★市川森一(脚本家・故人)

ウルトラセブンからシリーズに参加し、ウルトラマンAではメインライターとして数々の名作を手掛けた。しかしながら1クール消化した時点で降板してしまう。市川が企画段階で提示した要素が全て排除されてしまい、ウルトラシリーズに対する情熱を急速に失ってしまったからと述懐している。

しかしメインライターの責任として最終回を書くようにプロデューサーから言われ途中復帰、第48話と最終話の2本を書いている。

《ウルトラマンA脚本》
第1話(ベロクロン)・第4話(ガラン)・第7・8話共作(ドラゴリー他)・第9話(ガマス)・第14話(バラバ他)・第48話(ベロクロン2世)・最終話(ジャンボキング他)

インタビュー;
「みんな二十代でしたしお金が無くて貧乏だったし、どうなりたいっていうことはないんですよ。とにかくもう夢がいっぱいで、その夢を形にできるっていうだけでみんなワクワクしてたし。円谷プロというのはその頃はまだ木造のね、汚いところだったんですよ。

そこに行って朝から晩までセブンの話をして、仕事が終わってもみんな別れづらくてね、東京の成城学園から祖師ヶ谷大蔵の道を皆で歩いて、そうすると必ず行きつけのお店が何軒かあって。そこでまた話す話は結局セブンの話しかないんですよね。そういう日々でしたよ。

ちょうどテレビが普及しましてね。その前ボクは円谷プロで快獣ブースカを書いていました。ブースカはまだそのころ白黒です。ボクも白黒からカラーのテレビが買いたくて買いたくてね。そうするとね、ボクはウルトラセブンの台本を5本書けば買えるかなとかね、安いギャラだったんですかね(笑)。

それともテレビが相当高かったということもありますね。そういう新しいメディアが出てきた時にボク達がこういうSFをやるっていうね、そのメディアに乗ってやるっていうね、そういう意気込みが今とはちょっと違うかもしれませんね」  (つづく)

タグ:市川森一
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:テレビ

50人のウルトラマン(5) [ウルトラマン]

★市川森一(脚本家・故人)

(前回から続き)
アナウンサー;
「今の若者と比べて、当時は正義感というか自分の力でまだ世の中に何かをアピールしていこうという気持ちが強かったと思うのですが・・・」

市川氏;
「正義感は強くありましたね。また時代が丁度ベトナム戦争が起きましたし学生運動がずいぶん活発になっている時期でしょ。金城哲夫・上原正三などは沖縄の出身者ですから、沖縄返還がなるかならないかというときですよ。そういうものが作品に反映しないわけがないですよ。

金城哲夫の《ノンマルトの使者》なんかはね、侵略者は宇宙人でウルトラセブンが正義の味方のはずなのに、人間こそがほんとは侵略者ではないのか、そういうとこにまで思いが行きつくんですよ」

アナウンサー;
「市川さんがセブンやウルトラ兄弟を通して、最も訴えたかったことは何ですか?」

市川氏;
「目に見えないものですね。物質文明とは一体どういう文明なのかということを、テーマとして考えなくてはならない時でしたね。高度成長時代ですから、物があれば幸せなんだという考えがはびこってる時代でしょ。いやそうではないんじゃないかと。

我々は目に見えるものだけじゃなくて、目に見えないものにも目を向けたらどうなんだと。目に見えないものこそが、永遠に続いていくんじゃないかと。そういう想像力でですね、無意識に物質文明批判みたいなものをして、言葉で言ってしまえば心とか愛とかいうものを見直そうという思いをね、二十代だったから・・・」

アナウンサー;
「二十代でそういう思いを持っていらしたことは、見事ですね。それをこういう形で実現できるということが、あの時代のすばらしさだったですね。」

市川氏;
「時代のすばらしさと同時に、円谷プロのそこがすばらしさですよ。こういうものを書きなさい、こういうテーマで書きなさいということを企画室長の金城哲夫以下、だれもそれは言わない。ですから5人作家がいれば、五つのウルトラシリーズがあるんですよ」 (おわり)

タグ:市川森一
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:テレビ

50人のウルトラマン(6) [ウルトラマン]

~侵略者を撃て / バルタン星人を語る~

飯島敏宏(監督・脚本家)
今なお圧倒的な人気を集めているのが、ウルトラマンシリーズの怪獣たち。ストーリー展開から怪獣や宇宙人のプランを考え映像化していったのが、当時若手で頑張っていた監督や脚本家たちだ。中でも特に人気があるのが、宇宙忍者バルタン星人。

脚本家・千束北男は、バルタン星人の回を監督した飯島敏宏氏のペンネームである。この当時大田区北千束に住んでいたことから、北千束の夫→千束北夫の意味合いで付けたが、台本の印刷時に金城哲夫のミスで北男になったことが由来とされる。


★★★★★★★★★★★★
インタビュー;
「地球人以外の別な生命体っていうものも、一つのジャンルだなという気がしていたんですね。だから四つんばい怪獣が主流できたシリーズ(ウルトラQ)が終わったあとね、宇宙人っていう考え方があって。これなら僕がやろうと思ってましたね。

ウルトラマンとバルタン星人の空中戦はね、バルタン星人を吊っておいてキャメラも一緒に回ってるわけ。だからよく見ると、バルタン星人と一緒にホリゾント(背景用の布製の幕、この場合は夜空)も一緒に回っているんですけど、音と編集でね、編集さんがそれを見事につないでくれて、空中戦が成り立ってましたね」


ウルトラQの記念すべき第一話「ゴメスを倒せ!」の回の脚本を、千束北男のペンネームで書いている。監督は円谷一氏。ウルトラQに初めて出てきた怪獣は、ゴメスとリトラ。

インタビュー;
「ゴメスだけじゃぁというんでね、その天敵を考えなきゃいかんなぁというんで。別なモノをだしたんですけどね。それは出しちゃ困ると言われた、鳥ですよね。鳥はうまくいかないから避けた方がいいんですよ、ということが当時あったみたいだけどね。ところが大きいものを小さいものが倒すという、ボクの中にゾウとアリの戦いみたいなイメージがあったもんだから、そうすると鳥がいいかなと。


★★★★★★★★★★★★
筆者は2009年3月13日に東京で行われた「ウルトラセブンの音楽を創った男・冬木透」のコンサートを見に行ったのだが、その時に、すぐ隣の座席が満田監督と飯島監督の席だったのである。

ゲスト出演者だった両監督は我々の隣に、同じくダンとアンヌは向かい側の2階席に、第一部の出番が終わった後しばらく座っていたわけである。弟と一緒に鑑賞していたら、第一部が終了して場内の灯りが付き、しばらくすると「エ~ッ」というお二人が隣に座ったのである。

弟は満田監督に声をかけて握手をして頂いたが、飯島監督は誰かに呼ばれて、座る間もなく居なくなられてしまった。筆者は何もできずポ~としていたのみであった(-_-;)。大御所のお二人を目の前で拝見できて、今はいい思い出である。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:テレビ
前の4件 | 次の4件 ウルトラマン ブログトップ