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仮面ライダー(2) ~おれが仮面ライダー2号だ [仮面ライダー2号]

ウルトラマンも仮面ライダーも、必然性があってシリーズ化したわけでは無い。そのきっかけは、ウルトラマンでは別番組に出ていた“同郷の仲間が窮地を救うためにやってきた”という場面から発想された。
しかしながら仮面ライダーの場合は、撮影中の不慮の事故という思いがけない災難が、いわば逆転の発想で番組の窮地を救っただけでなく、その後の人気を決定的なものにした。知恵を出し合って番組とその関係者を救ったわけだから、プロデューサーやスタッフの心意気に、今更ながら拍手を送らずにはいられない。


★★★★★★★★★★★★
平山亨プロデューサーは、動揺している暇は無かった。急きょ、制作担当の内田所長と打ち合わせを行い、撮影済みフィルムと既存の藤岡氏のフィルムをつないで、どうにか制作中の2本分を作る目算が立った。問題はそのあとである。

早速助監督たちを招集して、藤岡氏が出演しない全編仮面ライダーが活躍する台本を書かせた。そのうちの一つが、(当時)長石多可男助監督のFBI秘密捜査官《滝和也》が活躍する『吸血怪人ゲバコンドル』の話だった。本郷猛のいない『仮面ライダー』の撮影をしながら、こうして都合3本分の話をストックすることが出来たため、当初は吹き替えを立てて、彼の現場復帰を待つという予定を立てた。

ところが藤岡氏の怪我は全治6か月。復帰が待てないことが判り、新しい仮面ライダーを選ぶことが必要になった。近藤正臣氏、千葉次郎氏などの名が挙がったが、どうもシックリこない。内田所長は、『柔道一直線』で一緒だった《佐々木剛》なら、何とかしてくれそうな感じがしたと語っている。

佐々木氏はというと、怪我をした友人から仕事を奪うようでイヤだったことや仕事を引き受けて視聴率が落ちたら洒落にならないとも思ったという。しかし一番の問題は、子供番組で主役をやっていた俳優たちがその印象を払拭しきれずに、その後の仕事で苦しんでいたことを知っていて、それが気にかかっていたという。

しかし藤岡氏と知り合いだったこと、育ててくれた東映に恩返しがしたかったこと、なによりも自分を必要としてくれているという気持ちに応えるべく、《藤岡弘が復帰するまで》という約束で、佐々木氏は仮面ライダー出演を承諾したという。

《一文字隼人》という名前は、仮面ライダーの前身企画である『クロスファイア(十字仮面)』から十字をもじって一文字、精悍な戦士のイメージの薩摩隼人から名を隼人と、平山プロデューサー達が名付けたそうだ。

こうして主役交代を機に、内容を一新することも決まり、本郷ライダーのおどろおどろしいムードから、一文字ライダーは明るく元気なムードにしようということになった。石ノ森章太郎先生のデザインにより、テールのついたクリーム色のつなぎを着た2号ライダーが、ここに誕生した。

一文字ライダーへの交替に際し、変身ポーズも作られることになった。大野剣友会の高橋一俊氏が、撮影のあとサウナに入って、鏡の前で『ああでもない、こうでもない』と試行錯誤して考えたのだそうである。

こうして第14話『魔人サボテグロンの来襲』で、つなぎのファスナーを下げて、『お見せしよう』と言ってポーズを作り変身する。この時、高橋氏に付けてもらった変身ポーズの手順を間違えてしまったのだが、それはそれでカッコよく変身できたので、監督がOKを出したそうだ。よって、この回の変身ポーズとこれより後の変身ポーズが違うのは、単に間違えたというだけの話であるらしい。

佐々木氏は2号ライダーの初話となる『魔人サボテグロンの来襲』の時に、仮面ライダーの着ぐるみに入ってマスクを付けて、アクションを披露している。本来なら藤岡氏の怪我の後だけに、主役が怪我をしないよう絶対に入ってもらいたくないはずなのだが、現場にはそういう話が伝わっていなかったらしい。

大野剣友会とは馴染みだし、藤岡氏がライダーに入ってこなしていたことを知り、負けたくない気持ちがあったそうだ。立ち回りについては事あるごとに剣友会の岡田氏らと話し合い、キチンと意見も言ったという。殺陣師の仕事は、役者に出来る限りカッコイイ殺陣を付けてあげる事。

剣友会の岡田氏が佐々木氏の殺陣を評する。『持って生まれたものなのか、見せ場のある動作を創るのに、よいリズムがあるし綺麗。立ち回りもキレるし、絵作りも上手い。そういう意味で、変身前などこちらのイメージ通りの芝居をやってくれた。好きじゃないと、あそこまで立ち回りはできない』。 岡田氏はべた褒めである。(おわり)


★★★★ ★★★★ ★★★★
佐々木氏と大野剣友会とは『柔道一直線』で馴染みがあり、また佐々木氏自身、新国劇で立ち回り芝居の場数を踏んでいて、殺陣は得意なのであろう。それと持って生まれたものが合わさって、一文字隼人としても、2号ライダーとして着ぐるみに入っても、うまく立ち回れるようである。なによりも“負けたくない”という努力を惜しまない素晴らしい役者魂の持ち主なのである。

仮面ライダー(3) ~秘密捜査官 滝和也の後ろ回し蹴りがさく裂! [仮面ライダー2号]

佐々木剛氏演じる仮面ライダー2号の演技は、ある意味でクサい芝居をめざしたという。それは『仮面ライダーが子供番組』だからである。どういうことか? 演じる側として、心得ておくべき点があるという。それは見ている対象(つまり子供達)が解りやすいように演じる、ということ。

『驚く』演技をするにしても、普通の芝居より大きく動いて驚きを表現しようと心がけたという。例えば、ショッカー戦闘員が向こうから現れたとする。それをにらみ付けながら、迎え撃つような表情で戦闘の構えをとる。

そして『出たな、ショッカー!』と叫んで、戦闘開始となる。必然としての大げさな芝居をする。だから『クサい』のだそうだ。攻撃を受ける方も、殴られたらもんどりうって、大きく吹っ飛ぶわけである。演技が撮られて映像になった時に、どういうポーズを取ればカッコイイ映像に見えるかといったことにも段々意識するようになり、鏡の前でよく練習したという。

『仮面ライダー』が、アクションというものについて考える基礎になった。子供にも解りやすい芝居、そしてカッコよく見えるポーズ、これが一文字隼人、佐々木剛のひと味違うプロの技なのである。

滝和也こと千葉治郎氏は、佐々木氏が一文字隼人を演じる時には、切っても切れない間柄だ。戦闘員が滝に向かって襲い掛かり、二人三人となぎ倒していく。だが四人目あたりでショッカー戦闘員にやられそうになるところを、仮面ライダーに助けられる。

滝とライダーとの強さの関係を際立たせることが出来る。そうなるように制作スタッフは、ストーリー上の決め事にしていたらしい。千葉治郎氏は千葉真一氏の実弟なので、アクションは何でもできるというイメージが強い。だから大野剣友会も、難しい立ち回りをつけてしまう。

ところが難なくこなしてしまうのである。とにかく足が長く動きがしなやか、アクションのスピードが速い。佐々木氏は当然敵わないので、『治郎チャンと一緒の立ち回りはイヤだった』そうだ。千葉氏は《後ろ回し蹴り》が得意で、これはタイミングよく相手との間合いを見切るのが難しい。

佐々木氏の立ち回りには、残念ながらこのシーンは無い。しかし変身後のライダーなら、大野剣友会の仲間(主に中村文弥氏)がカッコよく立ち回ってくれるので、なんとでもなるというわけ。そうしたわけで、千葉治郎氏が女房役、滝和也を演じてくれたおかげで、佐々木氏の一文字隼人が映えるということになる。

当時の佐々木氏は、あまり台本を覚えてくるということをしていなかったそうだ。大まかなストーリーを頭に叩き込むだけで、セリフを一言一句覚えるようなことはしない。現場に入ってから、シーンに合わせてセリフを頭に入れて、ハイ本番ということだった。

大体はこれで、ことが済んだ。ただ撮影は2本持ちなので、たまに勘違いをして間違えた芝居をしてしまい、監督に怒られたこともあったという。ある時、忙しすぎて台本を読まずに現場に入ってしまい、あわてて千葉治郎氏にメーキャップ室で説明をしてもらったこともあったとか。

役柄ではライダーが滝を助けていたが、現実では滝がライダーを助けてくれていたという笑い話である。その頃、別のある番組に出演していた佐々木氏は、その役柄について悩みぬき、円形脱毛症になってしまっていた。なので、カツラを付けて一文字隼人を演じていた。

ヘルメットをかぶっている一文字隼人は、ワンショットの中でそれを脱ぐシーンは無い。それはヘルメットを脱ぐと、カツラも一緒に脱げてしまうからであった。ひととおり撮影が終わると、最後はアフレコということになる。撮影は2本持ちなので、2話分を一日かけて録音していくことになる。

朝9時ごろに始まって、大体8時間位かかるという。怪人の声は、着ぐるみに口がある訳では無いので、画面で身体をゆすっているだけの怪人に、音響効果担当者が『アフアフアフで、いきましょう』などと指示をだして、声優さんが鳴き声をあてるのである。

仮面ライダーの決め技の名前が、脚本に細かく書かれていることは少ない。だからアフレコ現場で名前を決めて、声をあてるそうだ。シナリオには、『ライダー、投げる』『ライダー、蹴る』位しか書いて無いので、撮影現場で大野剣友会が殺陣を組み立て、立ち回りを撮影する。それをアフレコの時にカッコいい名前を考えて、『ライダー車輪!』などと、佐々木氏が叫ぶという訳である。

一文字ライダーと一緒に変わったモノに、戦闘員のマスクがある。それまでは役者の顔にペイントしていたのだが、手間がかかるし、何度も同じ者が戦闘員として登場出来ない。そこでマスクを被ることで、人数の少ない戦闘員役のやりくりを工夫したのだ。

ライダーのマスクも2号のために新調したのかと思いきや、実はこうもり男の夜間撮影の時に、マスクが暗すぎてよくわからないというクレームがついたそうで、エキスプロに明るい彩色の検討用マスクを準備させていたという。それが丁度、1号との主役交代に間に合ったものだった。

当時は予算が無くて、特撮はできなかった。そこでイントレ(足場)やトランポリンなどを使って、飛ぶ、殴る、蹴るといったライブアクションを考えだしたのである。『金が無いなら、頭を使え』スタッフ皆が知恵を絞って、目一杯動いて作った作品だった。(おわり)


★★★★★★★★★★★★
ウルトラマンやセブンもそうであったように、子供番組だからか、予算は少な目だったようで、その分スタッフは知恵を絞り、色々なことを試みた。その努力の結果が、現在ある特撮番組の流れを作ったのである。

それとは別に、予算の無い関係で、大道具などはスタッフの自前というのも、よくあったようだ。佐々木剛氏はカツラ隠しの為に自前の大きな帽子、藤岡氏の本郷猛の服もほとんど自前、ショッカー使用の黒のセダン車は、内田所長の自前、滝のジープは千葉治郎氏本人の自家用車だ。

またサイクロン号はエンストをよく起こし、修理してもすぐ壊れてオシャカになりかけていたという。でも現場は楽しくて、スタッフは一丸となって良い番組を作ろうと頑張っていた。その気持ちは映像を見れば、十分に伝わってくると思う。

仮面ライダー(4) ~一文字隼人と滝和也、メモリアルヒーローズ対談その1 [仮面ライダー2号]

佐々木剛氏演じる『仮面ライダー2号』の相棒といえば、千葉治郎氏演じる『滝和也』である。FBIの秘密捜査官という設定だ。FBIは連邦捜査局というアメリカ合衆国司法省の警察機関のことで、主にアメリカ国内での捜査を行う。そこから日本に派遣された捜査官という設定である。

一言で言えば警察官のこと。だが滝は秘密捜査官だから、『諜報活動』を目的としているはず。本来ならCIA(アメリカ中央情報局)所属というべきなのだが、当時スパイ映画の流行で『FBI』が国民に馴染んでいたので、FBIの秘密捜査官というふうにしたという。

千葉治郎氏はアクションスター千葉真一氏の実弟である。1970年に兄の主宰するジャパンアクションクラブ(JAC)に入り、その後『仮面ライダー』『ロボット刑事』など数多くの特撮テレビドラマに出演されて、1982年に俳優を引退している。

今回は一文字・滝両氏に、『仮面ライダー』の映像を見ながら当時のエピソードを語っていただく形の座談会を、お送りします。


千葉氏;
「懐かしいなぁ!」

佐々木氏;
「いやぁ、ホント(笑)」
《ふたりでガッチリ握手をする》

佐々木氏;
「『仮面ライダー』のレギュラーが終わって治郎チャンに会うのは、ニセライダーの回以来になるから、確か26年ぶり(当時)でしょう。今世紀のうちに再会できてよかった!」

聞き手;
「藤岡さんがオートバイで怪我をしたときに、千葉さんに助けてくれないかというお話があったと思うんですけれど?」

千葉氏;
「そうですね」

聞き手;
「そのときは『仮面ライダー』を佐々木さんでいくか、藤岡さんで続投するかは、もう決まっていたんですか?」

千葉氏;
「その時は、まだちゃんと決まっていなかったと思う。突然のことだったんで、これからどうしようということだった」

聞き手;
「平山(亨)さんにお会いした時に訊いたんですけど、藤岡さんが怪我した時、仮面ライダー1号はマスクだけでいくとして、サポートするサブとしてのアクションは小林昭二さんじゃ難しいだろうということで、若くて華のある千葉さんにお願いしようということになったらしいんですけど」

佐々木氏;
「確かに治郎チャンは身体がキレるから、カッコイイよね。だって俺にしても藤岡君にしても、アクションなんかこの時が初めてだから、格好が悪いの。『柔道一直線』をやっているといっても、そこでは柔道に限られたアクションだから。滝の方が仮面ライダーより、断然運動神経がいいんだから、まいっちゃうよね(笑)」

千葉氏;
「そんなこと無い、剛チャンもカッコよかったよ!」

聞き手;
「千葉さんにとって、滝和也という役は、役者人生の中でどういうものでしたか?」

千葉氏;
「当時は、役を掘り下げるなんて考えは全くなかったですね。滝和也は、自分そのままだったですから。役を演じるという感じじゃ無くて、千葉治郎がありのままの地でやってただけです。でもあの役があったからこそ、『ロボット刑事K』や『アクマイザー3』につながっていったわけですし、僕の役者人生の中で、一つのポイントではあると思います」

聞き手;
「月に2日くらいしか休みが無かったと聞いていますが、撮影は苦じゃなかったですか?」

千葉氏;
「滝和也の日々は、実に充実していました。とにかく撮影現場のみんなが同年代で、部活動に行ってるみたいな感じでした。休みたいのは、遊びたいってことくらいで、『仕事が辛い』という訳では無かったですから、毎日が楽しかった」

聞き手;
「佐々木さんだと、『ライダーは、俺の心の故郷』という言葉(フレーズ)があるんですが、千葉さんにとって、滝和也として何か無いですか?」

千葉氏;
「若かったでしょ。だから役者っていう意識が無かったのかもしれない。こんな感じで表現しようとか演技しようなんて、考えもしなかった。逆に言えば、役に一生懸命でヘタに演技しようとしていない分だけ、自分自身が素直に出ていると思いますね」

聞き手;
「でも、休みが無いといっても、年末年始くらいは休みですよね?」

千葉氏;
「もちろん、スタジオが休みになるから撮影も休み」

聞き手;
「若さと体力だけで、ぶつかったという感じですか?」

佐々木氏;
「滝和也って、演じるというよりそのままの自分で良かったんだよ。だから千葉治郎イコール滝和也という、イメージのまんま演じればよかった」

聞き手;
「我々ファンとしては、仮面ライダーの最高のアシストを見ることが出来て、幸せだったし感動しました。それって、千葉さんの功績ですものね。ちなみに、ライダー以前のお仕事って、どんなものがありますか?」

千葉氏;
「デビュー作が、生島治郎さん原作の『ブラック・チェンバー』っていう、いわゆるスパイものみたいな作品で、1969年東映作品です。僕の芸名も、この生島さんからいただきました。そのあと東宝で宝田明さん主演の『平四朗危機一髪』に出まして、とにかくライダー出た時は、まだデビューして間もない頃でした」

聞き手;
「じゃあ、何本かの作品を経て、すぐ『仮面ライダー』に行きついたのですね」

佐々木氏;
「芸歴は、俺より治郎チャンの方が古いんだよ。治郎チャンが20歳の時にデビューだとすると、俺はまだ22歳で養成所行ってたもん」

聞き手;
「千葉さんは『仮面ライダー』の話が来た時、何か特別な思いがありましたか?」

千葉氏;
「特別な感慨とか記憶に無いですね。デビューして、とんとん拍子でレギュラーもらって、その流れの中で滝和也っていう役がついたっていう感じでしたね」     (つづく)



千葉治郎氏の受け答えは、とても爽やかな感じのするもので、読んでいてすがすがしい気分になる。滝和也は脇役だから、子供の筆者にはそれほど記憶には残ってないのだが、アクションはいつも、大きく足を振り上げてキックしていたし、たくさんの戦闘員に囲まれると、『雑魚(ざこ)はまかせろ!』と言って、一文字隼人に怪人を追わせるように仕向けていたという感じが強くある。まぁ、生身の人間にショッカー怪人は倒せないから仕方がないが、もし平成ライダーのようにベルトを着用して変身できるのなら、完全に主役を張れる人物であることは間違いない。

仮面ライダー(5) ~一文字隼人と滝和也、メモリアルヒーローズ対談その2 [仮面ライダー2号]

(前回のつづき)
《サボテグロンの映像をみながら》
聞き手;
「この頃佐々木さんは、おいくつなんですか?」

佐々木氏;
「24、5かな?」

聞き手;
「初期の頃、一文字隼人って、ライダーガールズが怪人や戦闘員と戦っていても、近くにいるのに黙ってみてるでしょう。女の子の鼻っ柱を折って、懲らしめようとでもしてるんでしょうか?」

佐々木氏;
「すぐ助けないんだから、薄情っていえば薄情だよね(笑)。戦闘員が刀持ってるのにね」

聞き手;
「怪我してからじゃ、遅いのに」

佐々木氏;
「助けるって、変身することでしょ?変身するのは好きだったよ、早く帰れるから(笑)。あとは大野剣友会にお任せだった。その点治郎チャンは、ライダーの変身後も仕事をやらなくちゃいけなくて、大変だったね」

千葉氏;
「僕はそんなわけで、画面的には一番出演してる。だから、僕が仮面ライダーだって思っている人も多かったですよ」

佐々木氏;
「当時俺の同級生なんか、もう『仮面ライダー』なんか観てる年じゃないから、『お前、仮面ライダーに出てたの?もしかして、中に入ってたの?』とか聞くヤツもいて、このおって、思ったモン」

聞き手;
「千葉さんは、当時何歳なんですか?」

千葉氏;
「23歳。ちょうど『仮面ライダー』やってたとき、『2日だけ休みくれ』って事務所に無理言って、結婚式やったんですよ。毎日滝和也やってて楽しかったんだけど、新婚なんで休みが無いのは、ちょっと辛い時もあったかな。どこにも遊びに行けなかったですから(笑)」

聞き手;
「本当に奥さんとは、ライダーやる前から付き合ってたんですか?」

千葉氏;
「ぼくが19歳、奥さん17歳のとき」

佐々木氏;
「おれが一緒になったのは、20歳。籍入れたのは、22歳。デビューが23歳だから、『柔道一直線』の時は、役が高校生だから結婚してたらおかしい。高校生に奥さんがいたらマズイから、事務所にも言って無かった。それで長男は25歳の時に生まれた。

でも『仮面ライダー』の頃は、女房いるってちゃんと言ってたんだよ。誰も信じなくて、週刊誌に書かれるまで独身だと思われてた。だからウソ言って女性と付き合ったことは、無かった」

聞き手;
「ショック、一文字隼人不倫疑惑!?なんてね(笑)」

佐々木氏;
「それで本当にいたんだってことになると、さあっと潮が引くみたいに、みんないなくなっちゃって、突然モテなくなっちゃうの!」

聞き手;
「『仮面ライダー』をやりながら、他の作品にも出演していらしたんですか?」

千葉氏;
「いや、僕はもう完全にこれだけ。だから毎日、生田スタジオに通ってました」

聞き手;
「『仮面ライダー』では、滝和也に奥さんがいることになってますが、その辺のこと覚えてます?」

千葉氏;
「覚えてないなぁ」

聞き手;
「千葉さんが本郷猛編の11話で入ってきた時に、奥さんが怪人(ゲバコンドル)に襲われるという話で始まったんですけど・・・」

千葉氏;
「そうなんですか?」

聞き手;
「サイドカー付のオートバイで新婚旅行に行くところが、始まりです」

千葉氏;
「そうか、そうか!」

聞き手;
「桂ユミさんという役者さんで、すぐにいなくなっちゃう。一文字隼人編になると、奥さんがいるのがバレて女の子に相手にされなくなるんですけど、そのあと奥さんの話題に全く触れなくなるんです」

佐々木氏;
「きっと結婚したけど、滝と奥さんの性格が合わなくて離婚したんでしょ(笑)」

聞き手;
「千葉さんは、佐々木さんとの共演が始まると、ライダーガールズとの絡みが多くて、新1号になると、少年仮面ライダー隊の兄貴分になって、子供達と絡むことが多くなりますね。その辺はどんな気持ちでやってらっしゃいましたか?」

千葉氏;
「覚えてないなぁ」

聞き手;
「いつも、少年仮面ライダー隊に囲まれていたのにですか?」

佐々木氏;
「別れる時に、『隊長、また帰ってきてください』って言われてたのに、治郎チャンほんと薄情なんだから(笑)」

聞き手;
「子供も初めは三浦君だけだったんですけど、新1号偏で藤岡さんに新にバトンタッチして、少年仮面ライダー隊が組織されると、滝和也はなおさら、FBI秘密捜査官みたいじゃ無くなっていくんですよね」

千葉氏;
「そういえば、そうですね。自分の任務はどうしちゃったんだろう(笑)」

聞き手;
「ところで、一文字隼人の衣装は、佐々木さんが決められていたんですか?」

佐々木氏;
「最初の服は、石ノ森先生のデザインだった。漫画の中の一文字隼人は足が長いからいいけど、俺みたいな短足にはあのツナギは似合わないよね(笑)」

聞き手;
「その後の衣装は、どうでした?」

佐々木氏;
「衣装部で、ああでもない、こうでもないって言いだしてさ。実をいうと、衣装のほとんどは自前なんだよね」

聞き手;
「千葉さんは、赤いシャツに黒パンツっていうのが、多かったですよね」

千葉氏;
「そうでしたか?」

聞き手;
「千葉さんも、衣装は自前だったですか?」

千葉氏;
「たぶん自前だったと思います」

聞き手;
「九州の撮影では、いよいよ藤岡さんが戻ってきますよね。この時の衣装も、自前だったんですか?」

佐々木氏;
「一回、剣友会にいた池田っていうのが衣装係になった時に、衣装のことについて文句つけたら、『予算が無い』っていうだけなんだよ。それであまりにクサしてたら、しばらくして衣装を持ってきたんです。その衣装をみたら、『池田』って名前が書いてある。『何、これ?』って聞いたら、『自分のを持ってきました』っていうんだよ。それからは二度と、衣装のことは言わなかった。最終回の治郎チャン、良いコート着てたよね。あれも確か自前だよね」

千葉氏;
「そう、そう」

佐々木氏;
「だから良い衣装を着てる時は、ほとんど自前。あの時は、俺は紺のダブル。藤岡君はダスターコートみたいのを着てた」

聞き手;
「確か仮面ライダーの100話を撮影した時に、記念パーティをやったみたいですね。通算100話はV3ですから、千葉さんは参加なさらなかったんですよね」

千葉氏;
「はい、そうです」

佐々木氏;
「パーティに行ったとき、おれは12チャンネルで『ただいまヒット中』の司会をやってた。そのとき、しこたま飲んでからスタジオに行ったら、『酒臭い!』って南沙織に言われたんで、よく覚えてる(笑)」

聞き手;
「藤岡さんと、佐々木さん千葉さんの三人で飲みに行ったりしたことは無かったんですか?」

佐々木氏;
「当時は、藤岡君と飲みに行ったことは無かったな」

千葉氏;
「ボクもないですね」

聞き手;
「千葉さんは、佐々木さん藤岡さんの両方とコンビを組んでどうでした?どちらが共演しやすかったとかありますか?」

千葉氏;
「そういう考え方はしなかったですね。藤岡さんだからどうとか、佐々木さんだからこうのって無かった。スタントマンの大橋君とか、メーキャップの小山君とか、同年代のワルイのがいっぱい揃ってて、みんなが同格なんですよ。それでおやっさんの小林昭二さんがいて、なんか家族で遊んでいるような感じでした。誰が偉いとかは無くて、緊張感も無かった」

佐々木氏;
「おやっさんがいてくれたから、仕事場に入ると変に緊張するっていうのが無かったよね。他の現場、たとえば映画とかに行くと、もう先輩ばっかりじゃない!そういう時は緊張するし、芝居もできないクセに、いっぱしに背伸びして余計見せなきゃって思って、ブルっちゃったりするんだけど・・・、ライダーに関しては大野剣友会も『柔道一直線』から一緒だし、なんかサークルみたいな雰囲気だった」                         (つづく)



ここでもやはり、「おやっさん」小林昭二氏の存在の大きさがよくわかる発言があった。芸歴の先輩として、また年長者として公私に渡り偉ぶることなく芝居の世界へ入ってきた若者たちを導いてくれる、尊敬すべき人柄の俳優さんであったことがうかがい知れる。

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