So-net無料ブログ作成
検索選択
帰ってきたウルトラマン ブログトップ
前の3件 | -

帰ってきたウルトラマン(1) ~新マンの主題歌と劇伴(劇中音楽)は、一級芸術品だ! [帰ってきたウルトラマン]

『帰って来たウルトラマン』が始まると聞いて、ホントにワクワクして放送を待ったことをよく覚えている。確かテレビガイドのような雑誌を見て、その事を知ったと記憶している。当時はウルトラセブンが終わって2年程経っていたが、夕方の時間帯にウルトラファイトを放送していて、怪獣熱はかなり高まっていたと思う。

ガイド誌に載っていたきくち英一氏の、ウルトラマンの背中から上半身を出してゆでたまご(の様なもの)をほおばる写真を、今でも鮮明に覚えている。当初は初代ウルトラマンが帰ってくるという設定であったため、『帰ってきたウルトラマン』というタイトルがつけられたという。

そのため、スタイル(体の模様)も初代ウルトラマンと同じスーツで第1話の怪獣総進撃が撮られている。しかし商品化展開を踏まえると別人とした方がよいというスポンサーの都合でこの設定は没になり、最終的に別人ということで同じシーンを撮り直ししたという。

若い方達には『ウルトラマンジャック』の愛称で通っていると思うが、筆者の世代は、新マンとか帰マンなどと呼んでいた。この稿では、新マンで通したいと思う。

新マンの音楽は、主題歌がすぎやまこういち氏、劇中音楽(;劇伴)は冬木透氏という布陣である。セブンから2年と少し経ったある日、冬木氏は円谷プロ社長兼プロデューサーの円谷一氏から新番組『帰ってきたウルトラマン』の音楽を依頼された。

円谷一氏は円谷英二氏の長男であり、東京一(あずまきょういち)の名前で、新マンの主題歌の作詞もしている。早速円谷の書いた歌詞をもとに主題歌の作曲に着手するが、TBSサイドが主題歌を別の作曲家に発注したことを、円谷から後に知らされる。

『主題歌はすぎやまこういちに決まった』と聞かされた冬木氏は、『これも時代の要求だ』と主題歌への想いを断ち切り、ウルトラセブンで確立した手法を基調にして、劇伴の作曲に全力を注いだ。『ウルトラマンのテーマ』『MATのテーマ』の2つのテーマメロディを軸に、『怪獣出現』『ウルトラマンのピンチ』などの音楽メニューに沿って新マンのために書き上げた劇伴は、100曲を越えた。

劇伴の録音は、2回にわたって行われている。1回目は、‘71年3月に65曲。2回目は、同年8月に27曲。その他にエピソードごとに必要な音楽(シーモンスの歌など)を、追加録音している。一方のすぎやまこういち氏の主題歌も、素晴らしい出来上がりである。

ロック調のモダンなイントロや主役・団次郎の歌声が新しいウルトラマンの颯爽としたイメージを打ち立てており、極彩色の光のバックにウルトラマンやMATのメカニックのシルエットが映えるタイトルバックに、よくフィットしていた。

特に曲の最後に叩かれるテンポを次第に遅くするティンパニーは、これから始まる怪獣ドラマへの期待感を高め、その導入部としての役割を十二分に果たしていた。冬木氏が作曲したオープニングテーマであるきらめく光の渦の中から現れる番組タイトル、それに続くすぎやま氏の主題歌、そして冬木氏作曲によるドラマを彩る劇中音楽。

『帰ってきたウルトラマン』の鮮やかな音楽イメージはすぎやま主題歌と冬木劇伴の見事な調和であり、この両者のいずれが欠けても成立しない。新マンのオープニングタイトルのあの鮮やかさは、頭の中で思い描けるほど鮮明である。

それは初代マンやセブンには無かった美しさと、この世の物とは思えない何とも言えない感じを筆者に抱かせるのだが、そう思わせることを強く後押ししているのが、冬木・すぎやま両氏の描いた音楽であることは間違いない。
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:テレビ

帰ってきたウルトラマン(2) ~初めて目撃する、2頭の怪獣と激突するウルトラマン [帰ってきたウルトラマン]

『帰って来たウルトラマン』の始まる約半年前に、それまでくすぶっていた怪獣ブームに再び火をつけた『ウルトラファイト』が始まっている。燃え盛る炎の中からウルトラファイトの文字が出て来て、バックには初代ウルトマン活躍のテーマ曲が流れていた。

関東地区では確か夕方5時半から5分間ほどの短い番組だったと思うが、当時の子供たちにはインパクトがあった。何しろウルトラの決闘場面がいきなり見られるんだから。

ウルトラセブンの評価が高い理由として人間ドラマがしっかりしているということをよく言われるが、子供にとっては『ウルトラマン対怪獣』の決闘がメインになる。このおいしい所だけを見られるウルトラファイトは、人気番組だった。今回はこの決闘場面について、意外なことが分ったというお話。

帰ってきたウルトラマン第3話の『恐怖の怪獣魔境』において、我々はある光景を初めて目の当たりにする。この回のクライマックスは、霧吹山に出現したサドラーとデットンの2大怪獣が激突を繰り広げる中、ウルトラマンが登場し、より強力な敵の出現にこの2頭が共同戦線を張りウルトラマンに立ち向かうという展開である。

それまで激しく戦っていた2頭が、ウルトラマンが現れた途端に力を合わせるというその態度は、怪獣同士が持つ本能的なものなのか?問題の光景とはまさにこの瞬間のことである。

すなわち、ウルトラマン対2大怪獣という複数の怪獣との戦いのシーンは、過去のウルトラマン対決には無かったのである。意外な気がするが、ウルトラマン、ウルトラセブンのシーンで、複数頭の怪獣との格闘は無い。

『ウルトラマン』には、複数の怪獣が登場する回は何度かある。第8話『怪獣無法地帯』では、レッドキングをはじめとして総勢5体の怪獣が出てくる。

第19話『悪魔はふたたび』のバニラ・アボラス、第25話『怪彗星ツイフォン』のギガス・ドラコ他1体、第37話『ちいさな英雄』ジェロニモン・再生テレスドン他2体、第38話『宇宙船救助命令』のサイゴ・キーラと、

いずれも皆サービス精神あふれる娯楽編ぞろいだが、どの回も初代ウルトラマンと直接戦ったのは、最終的には1頭であった。

ウルトラマンと戦わなかった他の怪獣たちは、怪獣同士の戦いで敗れたり、科学特捜隊の兵器によって倒されたりして、ウルトラマンに当たる前に『予選落ち』してしまう。ウルトラマンは、シード権を持ったチャンピオンと同じなのだ。

そもそもウルトラマンの原点は、謎の宇宙生物ベムラーという『怪獣』であった。怪獣が怪獣を倒すという企画から始まった。つまり怪獣が主役なのである。

企画は練り上げられるうちにヒーローという形になり、強靭な肉体と超能力を持ち、人間のような心を持った我々の知るウルトラマンの形にたどり着く。だが、物語は様々な理由で出現する『怪獣』がメインであり、それをウルトラマンがどう料理するか(処理するか)が見どころになる。

いわばウルトラマンはホスト役であり、怪獣はゲストなのだ。怪獣の魅力を引き出しながら、最後に残った怪獣にうまく退いてもらうことに努めるのが、ウルトラマンの役目となる。従って2頭の怪獣が戦っている時には、そこに割って入ることはしなかったのが初代ウルトラマンの展開だったのだ。

しかし新マンではそのルールを破り、初めて2大怪獣(ふたりのゲスト)の中に割って入り、自分を主張した。主役は俺だと。メインライターの上原正三氏が言っている。『かつてのウルトラマン・ウルトラセブンは金城しか成し得ない完成した世界であり、パターン的にやり尽されている。

少し変化を持たせるために、ウルトラマン自身が成長するスポ根ものにする』と。つまり弱いウルトラマンが、強くなる話にしようということである。もはやシード権は無く、一回戦から戦おうと(笑)。よく言われる『新マンは弱い』は、この設定が根底にあるからだ。


★★★★★★★★★★★★
1965年に東宝映画が、『フランケンシュタイン対地底怪獣』を発表している。これを最近CS放送で見て、『人間型ヒーロー対怪獣』の原型を見ているような気になった。

特撮監督はもちろん、円谷英二氏である。終盤の森の中での両者の対決シーンは、ウルトラマン対怪獣そのままである。翌66年ウルトラマンは産声をあげていることから、円谷英二氏はこの映画を撮りながら、すでにウルトラマンのイメージが出来上がっていたように思われてならない。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:テレビ

帰ってきたウルトラマン(3) ~ウルトラマンスーツに入るきっかけ [帰ってきたウルトラマン]

帰ってきたウルトラマンのスーツアクターは、皆さんご存じ、ひげのダンディ・きくち英一氏。「ジャパン・ファイティング・アクターズ(JFA)」の創設メンバー。大学卒業と同時にこれに参加。以降、テレビ、映画作品に多数出演する。

『帰ってきたウルトラマン』の出演依頼が来た時は、『ウルトラセブン』での経験から激務になることが予想されたため・・・ここから先は、きくち英一氏の話をどうぞ。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
きくち氏がウルトラマンに入るきっかけは、故・円谷一社長(当時)からの1本の電話にはじまる。

きくち氏;
「『1968年正月放送のウルトラセブン前編・後編(ペダン星人・キングジョー)の放送が間に合いそうにない。しいては、君やってくれないか』との電話を頂き、1回限りという約束で引き受けました。

セブン役の上西弘二氏はガッチリタイプ、私はヒョロッとモヤシタイプだったので、上西氏のスーツは合いません。急いで新宿御苑のアクアラング屋さんへ行き、セブンスーツを新調しました。

のちにウルトラマンのスーツもここでお願いすることになるのですが、当時は何度も足を運ぶとは夢にも思いませんでした。セブンの撮影は12月の寒い時期に行われました。東宝第一ステージに造られた神戸港。キングジョーとのアクション。

と言っても、私だけがひたすら飛んだり跳ねたり、ひっくり返ったり。そんな感じで撮影は終わったわけです。その4年後、ふたたび円谷社長からお電話を頂きました。『今度、帰ってきたウルトラマンをやることになった。お宅に誰かいい人はいないか?』。

私は一度ウルトラセブンをやっていたので、その大変さは解っているつもりでした。ましてや一年を通してやるとなると、相当な体力を要するだろう。私は中岡慎太郎氏を紹介しました。

中岡氏は採用となりホッとしていると、また円谷社長から電話があり、『主役が団次郎君になった。中岡君だとあまりにも体型が違う。君がやってくれないか』。直々に依頼を受けてしまった私。本心は『やりたくない』でした。これを受ければ、1年間他の仕事には手を出せないだろう。

ましてや仮面・・・。かと言って、やりたくありませんとは、とても言えるわけもないです。そこで体よく断るように作戦を考えました。

1)ギャラをふっかける
2)隊員など顔出し役を要求

1)はなんなくクリア。2)は隊員役はもう決まっているので、何か考えるからと。しかし、体力的にウルトラマン以外の仕事なんてとても無理なので、決まらなくてよかったです」

「後日、怪獣役も誰かいないか頼まれたので、アクションセンス、体力、なにより素直なヤツということで、日大後輩の遠矢孝信君に白羽の矢を立てました。彼の怪獣役はスタッフが称賛していました。重労働であるのに、本当によくやっていたと思います」


▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
以上のように、当初ウルトラマンを「嫌々やっていた」きくち氏ではあったが、やがて「菊池さんのウルトラマンには表情がある」と言われたり、「東京都世田谷区帰ってきたウルトラマン様」という宛先で1日に何通も子供たちからファンレターが届くようになって、演じるのが嬉しくなったという。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:テレビ
前の3件 | - 帰ってきたウルトラマン ブログトップ