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帰ってきたウルトラマン(1) ~新マンの主題歌と劇伴(劇中音楽)は、一級芸術品だ! [帰ってきたウルトラマン]

『帰って来たウルトラマン』が始まると聞いて、ホントにワクワクして放送を待ったことをよく覚えている。確かテレビガイドのような雑誌を見て、その事を知ったと記憶している。当時はウルトラセブンが終わって2年程経っていたが、夕方の時間帯にウルトラファイトを放送していて、怪獣熱はかなり高まっていたと思う。

ガイド誌に載っていたきくち英一氏の、ウルトラマンの背中から上半身を出してゆでたまご(の様なもの)をほおばる写真を、今でも鮮明に覚えている。当初は初代ウルトラマンが帰ってくるという設定であったため、『帰ってきたウルトラマン』というタイトルがつけられたという。

そのため、スタイル(体の模様)も初代ウルトラマンと同じスーツで第1話の怪獣総進撃が撮られている。しかし商品化展開を踏まえると別人とした方がよいというスポンサーの都合でこの設定は没になり、最終的に別人ということで同じシーンを撮り直ししたという。

若い方達には『ウルトラマンジャック』の愛称で通っていると思うが、筆者の世代は、新マンとか帰マンなどと呼んでいた。この稿では、新マンで通したいと思う。

新マンの音楽は、主題歌がすぎやまこういち氏、劇中音楽(;劇伴)は冬木透氏という布陣である。セブンから2年と少し経ったある日、冬木氏は円谷プロ社長兼プロデューサーの円谷一氏から新番組『帰ってきたウルトラマン』の音楽を依頼された。

円谷一氏は円谷英二氏の長男であり、東京一(あずまきょういち)の名前で、新マンの主題歌の作詞もしている。早速円谷の書いた歌詞をもとに主題歌の作曲に着手するが、TBSサイドが主題歌を別の作曲家に発注したことを、円谷から後に知らされる。

『主題歌はすぎやまこういちに決まった』と聞かされた冬木氏は、『これも時代の要求だ』と主題歌への想いを断ち切り、ウルトラセブンで確立した手法を基調にして、劇伴の作曲に全力を注いだ。『ウルトラマンのテーマ』『MATのテーマ』の2つのテーマメロディを軸に、『怪獣出現』『ウルトラマンのピンチ』などの音楽メニューに沿って新マンのために書き上げた劇伴は、100曲を越えた。

劇伴の録音は、2回にわたって行われている。1回目は、‘71年3月に65曲。2回目は、同年8月に27曲。その他にエピソードごとに必要な音楽(シーモンスの歌など)を、追加録音している。一方のすぎやまこういち氏の主題歌も、素晴らしい出来上がりである。

ロック調のモダンなイントロや主役・団次郎の歌声が新しいウルトラマンの颯爽としたイメージを打ち立てており、極彩色の光のバックにウルトラマンやMATのメカニックのシルエットが映えるタイトルバックに、よくフィットしていた。

特に曲の最後に叩かれるテンポを次第に遅くするティンパニーは、これから始まる怪獣ドラマへの期待感を高め、その導入部としての役割を十二分に果たしていた。冬木氏が作曲したオープニングテーマであるきらめく光の渦の中から現れる番組タイトル、それに続くすぎやま氏の主題歌、そして冬木氏作曲によるドラマを彩る劇中音楽。

『帰ってきたウルトラマン』の鮮やかな音楽イメージはすぎやま主題歌と冬木劇伴の見事な調和であり、この両者のいずれが欠けても成立しない。新マンのオープニングタイトルのあの鮮やかさは、頭の中で思い描けるほど鮮明である。

それは初代マンやセブンには無かった美しさと、この世の物とは思えない何とも言えない感じを筆者に抱かせるのだが、そう思わせることを強く後押ししているのが、冬木・すぎやま両氏の描いた音楽であることは間違いない。
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帰ってきたウルトラマン(2) ~初めて目撃する、2頭の怪獣と激突するウルトラマン [帰ってきたウルトラマン]

『帰って来たウルトラマン』の始まる約半年前に、それまでくすぶっていた怪獣ブームに再び火をつけた『ウルトラファイト』が始まっている。燃え盛る炎の中からウルトラファイトの文字が出て来て、バックには初代ウルトマン活躍のテーマ曲が流れていた。

関東地区では確か夕方5時半から5分間ほどの短い番組だったと思うが、当時の子供たちにはインパクトがあった。何しろウルトラの決闘場面がいきなり見られるんだから。

ウルトラセブンの評価が高い理由として人間ドラマがしっかりしているということをよく言われるが、子供にとっては『ウルトラマン対怪獣』の決闘がメインになる。このおいしい所だけを見られるウルトラファイトは、人気番組だった。今回はこの決闘場面について、意外なことが分ったというお話。

帰ってきたウルトラマン第3話の『恐怖の怪獣魔境』において、我々はある光景を初めて目の当たりにする。この回のクライマックスは、霧吹山に出現したサドラーとデットンの2大怪獣が激突を繰り広げる中、ウルトラマンが登場し、より強力な敵の出現にこの2頭が共同戦線を張りウルトラマンに立ち向かうという展開である。

それまで激しく戦っていた2頭が、ウルトラマンが現れた途端に力を合わせるというその態度は、怪獣同士が持つ本能的なものなのか?問題の光景とはまさにこの瞬間のことである。

すなわち、ウルトラマン対2大怪獣という複数の怪獣との戦いのシーンは、過去のウルトラマン対決には無かったのである。意外な気がするが、ウルトラマン、ウルトラセブンのシーンで、複数頭の怪獣との格闘は無い。

『ウルトラマン』には、複数の怪獣が登場する回は何度かある。第8話『怪獣無法地帯』では、レッドキングをはじめとして総勢5体の怪獣が出てくる。

第19話『悪魔はふたたび』のバニラ・アボラス、第25話『怪彗星ツイフォン』のギガス・ドラコ他1体、第37話『ちいさな英雄』ジェロニモン・再生テレスドン他2体、第38話『宇宙船救助命令』のサイゴ・キーラと、

いずれも皆サービス精神あふれる娯楽編ぞろいだが、どの回も初代ウルトラマンと直接戦ったのは、最終的には1頭であった。

ウルトラマンと戦わなかった他の怪獣たちは、怪獣同士の戦いで敗れたり、科学特捜隊の兵器によって倒されたりして、ウルトラマンに当たる前に『予選落ち』してしまう。ウルトラマンは、シード権を持ったチャンピオンと同じなのだ。

そもそもウルトラマンの原点は、謎の宇宙生物ベムラーという『怪獣』であった。怪獣が怪獣を倒すという企画から始まった。つまり怪獣が主役なのである。

企画は練り上げられるうちにヒーローという形になり、強靭な肉体と超能力を持ち、人間のような心を持った我々の知るウルトラマンの形にたどり着く。だが、物語は様々な理由で出現する『怪獣』がメインであり、それをウルトラマンがどう料理するか(処理するか)が見どころになる。

いわばウルトラマンはホスト役であり、怪獣はゲストなのだ。怪獣の魅力を引き出しながら、最後に残った怪獣にうまく退いてもらうことに努めるのが、ウルトラマンの役目となる。従って2頭の怪獣が戦っている時には、そこに割って入ることはしなかったのが初代ウルトラマンの展開だったのだ。

しかし新マンではそのルールを破り、初めて2大怪獣(ふたりのゲスト)の中に割って入り、自分を主張した。主役は俺だと。メインライターの上原正三氏が言っている。『かつてのウルトラマン・ウルトラセブンは金城しか成し得ない完成した世界であり、パターン的にやり尽されている。

少し変化を持たせるために、ウルトラマン自身が成長するスポ根ものにする』と。つまり弱いウルトラマンが、強くなる話にしようということである。もはやシード権は無く、一回戦から戦おうと(笑)。よく言われる『新マンは弱い』は、この設定が根底にあるからだ。


★★★★★★★★★★★★
1965年に東宝映画が、『フランケンシュタイン対地底怪獣』を発表している。これを最近CS放送で見て、『人間型ヒーロー対怪獣』の原型を見ているような気になった。

特撮監督はもちろん、円谷英二氏である。終盤の森の中での両者の対決シーンは、ウルトラマン対怪獣そのままである。翌66年ウルトラマンは産声をあげていることから、円谷英二氏はこの映画を撮りながら、すでにウルトラマンのイメージが出来上がっていたように思われてならない。

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帰ってきたウルトラマン(3) ~ウルトラマンスーツに入るきっかけ [帰ってきたウルトラマン]

帰ってきたウルトラマンのスーツアクターは、皆さんご存じ、ひげのダンディ・きくち英一氏。「ジャパン・ファイティング・アクターズ(JFA)」の創設メンバー。大学卒業と同時にこれに参加。以降、テレビ、映画作品に多数出演する。

『帰ってきたウルトラマン』の出演依頼が来た時は、『ウルトラセブン』での経験から激務になることが予想されたため・・・ここから先は、きくち英一氏の話をどうぞ。


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きくち氏がウルトラマンに入るきっかけは、故・円谷一社長(当時)からの1本の電話にはじまる。

きくち氏;
「『1968年正月放送のウルトラセブン前編・後編(ペダン星人・キングジョー)の放送が間に合いそうにない。しいては、君やってくれないか』との電話を頂き、1回限りという約束で引き受けました。

セブン役の上西弘二氏はガッチリタイプ、私はヒョロッとモヤシタイプだったので、上西氏のスーツは合いません。急いで新宿御苑のアクアラング屋さんへ行き、セブンスーツを新調しました。

のちにウルトラマンのスーツもここでお願いすることになるのですが、当時は何度も足を運ぶとは夢にも思いませんでした。セブンの撮影は12月の寒い時期に行われました。東宝第一ステージに造られた神戸港。キングジョーとのアクション。

と言っても、私だけがひたすら飛んだり跳ねたり、ひっくり返ったり。そんな感じで撮影は終わったわけです。その4年後、ふたたび円谷社長からお電話を頂きました。『今度、帰ってきたウルトラマンをやることになった。お宅に誰かいい人はいないか?』。

私は一度ウルトラセブンをやっていたので、その大変さは解っているつもりでした。ましてや一年を通してやるとなると、相当な体力を要するだろう。私は中岡慎太郎氏を紹介しました。

中岡氏は採用となりホッとしていると、また円谷社長から電話があり、『主役が団次郎君になった。中岡君だとあまりにも体型が違う。君がやってくれないか』。直々に依頼を受けてしまった私。本心は『やりたくない』でした。これを受ければ、1年間他の仕事には手を出せないだろう。

ましてや仮面・・・。かと言って、やりたくありませんとは、とても言えるわけもないです。そこで体よく断るように作戦を考えました。

1)ギャラをふっかける
2)隊員など顔出し役を要求

1)はなんなくクリア。2)は隊員役はもう決まっているので、何か考えるからと。しかし、体力的にウルトラマン以外の仕事なんてとても無理なので、決まらなくてよかったです」

「後日、怪獣役も誰かいないか頼まれたので、アクションセンス、体力、なにより素直なヤツということで、日大後輩の遠矢孝信君に白羽の矢を立てました。彼の怪獣役はスタッフが称賛していました。重労働であるのに、本当によくやっていたと思います」


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以上のように、当初ウルトラマンを「嫌々やっていた」きくち氏ではあったが、やがて「菊池さんのウルトラマンには表情がある」と言われたり、「東京都世田谷区帰ってきたウルトラマン様」という宛先で1日に何通も子供たちからファンレターが届くようになって、演じるのが嬉しくなったという。

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帰ってきたウルトラマン(8) ~ウルトラマンという永遠のヒーローを演じられて誇りに思ってます [帰ってきたウルトラマン]

帰ってきたウルトラマンの主役、郷秀樹役の団次郎(現・団時朗)氏のインタビューをお届けする。何度も言う通り、ウルトラマンがまた始まるという記事を見て、子供心にどんなにか胸躍らせたことか。

当時は夕方から放送していた『ウルトラファイト』を見て、ウルトラマン番組の無い淋しさをなんとか満足させていたのだろうと思う。新マンには、宇宙人よりも怪獣の登場が多い。やはり子供的には、宇宙人よりも怪獣のほうが好きなのかもしれない。

視聴率的に今ひとつ良くなかったウルトラセブンの原因は、怪獣の出現が少なかったという分析もあるほどだ。原点に立ち返るという新マンの構想は、第1話を見てもよくわかる。怪獣が3匹も出現するという大サービスは、監督以下、スタッフの力の入れようがわかるというものである。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
司会;
「帰ってきたウルトラマンに出演することになったのは?」

団氏;
「一番最初は『変身もののシリーズが始まるらしいが、その中の隊員役でもやってみるか?』程度の話だったと思うんですよ。その後、事務所サイドで話が進んでいったのではないでしょうか。気が付いたら、郷秀樹=ウルトラマン役に決まっていたという感じです」

司会;
「以前の作品はご覧になっていましたか?」

団氏;
「多少は見てました。実写版の変身ものって好きだし、興味をもっていましたから、やりがいはあるなと思いました。変身ものでもアニメは苦手なんです」

司会;
「実際に撮影が始まって、いかがでしたか?」

団氏;
「役が決まってからはドタバタと撮影が始まっちゃいましたから、深く考えてる時間は無かったですね。撮影が始まってみると、スタッフの真剣さ、一所懸命さに感動しました。何日も徹夜しながら手作りで番組を作ってるんですからね。僕達役者よりもスタッフの方が、何十倍も苦労してたと思いますよ。

エネルギーに満ち満ちた作品でしたね。改めて歴史のある番組の主役に選ばれたんだなという実感も、湧いてきました」

司会;
「ウルトラマンのイメージは?」

団氏;
「僕のやったウルトラマンは、人間味のあるヒーローでしたよね。他のヒーロー達と違い、自分の意志だけでは変身できないという大きな基本テーマがありましたから。まぁ、途中からはウルトラマンも精神的に成長したのか、割と簡単に変身できるようになりましたけど。

ともかく、子供たちに『努力しよう、あきらめずに限界まで頑張ろう、そうしたら何かが生まれるかもしれないぞ』と発信しようとしていたんですよね。それを伝えるために、郷秀樹は爆破の中を走り回ったり、危険なところに突っ込んでいったりと、いわゆる自殺行為に近い行為をこなした上で変身しなきゃいけない・・・」

司会;
「郷秀樹は危険を省みずという感じですから、撮影も結構大変でしたか?」

団氏;
「弾着玉を使える砂地とか、生田撮影所の奥の方とか、ほとんど人のいないところで撮影してましたね。当時は家が遠かったので、家と現場との往復で一日が終わってましたね。

爆破シーンでは、弾着玉がなかなか爆発しないなんてこともよくありましたよ。『おかしいなぁ、もう爆発してもいい頃なのに』なんて思いながら走ったりして」

司会;
「怖くなかったですか?」

団氏;
「やっぱり、怖かったですよ。至近距離で爆発するので危ないですから、リハーサルで何度も手順を確認してから本番を撮るんですけどね」

司会;
「全部ご自分で演じられていたんですか?」

団氏;
「僕らが実際に演じるのは、計算された弾着玉の間を走り抜けるくらいで、危険なシーンはスタントマンさんがやってました。あと苦労話ではありませんが、オンエアが始まるまでの2~3か月間は隊員の制服姿でロケ撮影したり、食事休憩に外出したりすると、物珍しそうな目で見られたりして、ちょっと恥ずかしかったですね」

司会;
「隊員服の着心地などは、どうですか?」

団氏;
「皆さんの夢を壊すことになるかもしれませんが、あの隊員服はデザイン重視で、実際にはそれほど機能的じゃないんですよ。それに夏は暑いし、冬は寒いんですよ。だから休憩中は、夏は上着を脱いでTシャツだし、冬は上着の上に何か羽織ってましたね」

司会;
「撮影中の思い出など、ありましたら・・・」

団氏;
「雪山に行った回に、遭難しそうになったなんてことがありましたね。蔵王のほうだったか、突然吹雪いてきちゃったんですよ。隊員たちは若いし体力もあるので、まだ良かったんですけど、筧(かけい)監督なんて、もうボロボロって感じでしたよ。

山好きのコーディネーターがアシストして撮影してたんですが、プロ中のプロってわけじゃないですからね。機材もたくさんあって、スタッフもある程度散らばって撮影するわけですから、吹雪いたりすると混乱しちゃうんですね。何事もなく全員戻ってこられたからよかったですけど。

冨田監督のシーモンス・シーゴラスの回に、何度もリテイク(撮り直し)になって苦労した覚えがありますね。芝居が云々ということではなく、背景のスケールがイメージと異なっていたみたいで。

後からその背景に怪獣を合成するわけじゃないですか。その時の砂煙の上がり方とかが引っかかっていらしたみたいなんですが・・・」

司会;
「印象に残った作品や怪獣は・・・」

団氏;
「一番最初の作品、タッコングの回がやはり印象に残ってます。というのは、こういう作品はアフレコをしますよね。通常は人間だけが出ている本編部分だけを見ながらするんですが、第1~2話は、合成済みのものを観ながらアフレコしたんですよ。

こんな感じに仕上がるんだということを、出演者にもわかるようにとのスタッフのご好意だったんじゃないかと思います。それで『スゴイ特撮だなぁ』って驚いた覚えがあります。それとタッコングは斬新なデザインが印象的でしたね。

アフレコは、その後は本編部分だけを観ながらだけになりました。他には、ツインテールが頭と身体が逆になってるのが面白かったし、岸田(森)さんの書いた脚本が印象的ですね」

司会;
「光怪獣プリズマですね」

団氏;
「シュールなところがあって、いろんな問題提起をされた作品でしたよね。ヤメタランスは面白い名前だなぁと思ったし、ゼットンはかなりの強敵でしたし・・・。中でも従来のパターンに当てはまらない作品で、東條昭平さんが撮った『怪獣使いと少年』は、不思議な作品でしたよね。

隊員が僕以外ひとりも登場しなくて、隊長が托鉢僧だったり・・・。ああいう作風、結構好きですよ。そういえば当時、みんなの間で、『この回俺たち出てないけど、ギャラはどうなるんだろ?』なんて話も(笑)。

沢村(忠)さんとキックボクシングをしたのもいい思い出だし、最終回の『ウルトラ五つの誓い』も心に残る作品になりました。それから川口秀樹少年は、すごく良い子でしたね。大人に混じって子供一人だったからたいへんだったろうけど、のみ込みの早い子だなぁという印象が残ってます」

司会;
「共演の皆さんやスタッフの方々とのお付き合いなどは・・・」

団氏;
「プライベートでは、西田健さんですね。仕事ではあまりご一緒しないんですが、電話したり飲みに行ったりはしますよ。彼とは、撮影当時から仲良くしてもらってます」

司会;
「団さんにとって、帰ってきたウルトラマンとは?」

団氏;
「当時は演じることで精一杯で、あっという間に時間が過ぎていきました。私は自分の演じた作品は見ない様にしているんです。それは細かい部分が気になってしまうたちなものですから。

でも、『帰ってきたウルトラマン、見てました』なんて言われると、やっぱりすごくうれしいですよ。本当にありがたい作品であり、思い出に残った作品ですね。日本が誇る永遠のヒーロー・ウルトラマンを演じられて、私も誇りに思っています」


〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
今では、ウルトラマンジャックの名がちびっこ達の間では、浸透しているのだろうか。どうしても、おじさんは新マンの方がしっくりいくなぁ~。

ちなみに、ジャックはアメリカではとてもポピュラーな名前だそうである。日本で言えば太郎! そう、ウルトラマンTはウルトラマンJになるはずだったらしい。だが、ハイジャック事件が起きて、ジャックつながりで没になったとか、ホント?

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