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レインボーマン(1) ~ゴッドイグアナは演じた魔女や女王のイロハのイ [レインボーマン]

川内康範先生の3大ヒーローの端を切って70年代前半に登場した、筆者の一番好きなヒーローであるレインボーマン。魅力は何と言っても、本体のダッシュ7と6人の化身たちであろう。そして死ね死ね団とその仲間の魔女。イグアナとゴッドイグアナも、存在感がある。今回は、ゴッドイグアナ役の曽我町子氏に話を聞く。

ところで曽我町子氏と言えば、筆者は真っ先に『お化けのQ太郎』が思い出される。オバQ音頭のソノシートが、今もあるかもしれない。今のオバQは三代目位の声優さんではなかろうか。残念なことに、2005年に他界されている。プロ意識が高く、仕事に対する姿勢は非常に厳しかったという。

台本・衣装等でスタッフが手を抜いたと思ったらすぐに注意を促し、用意された衣装に納得がいかないと自前で用意する程であったという。仕事に対する厳しさの反面、生来明るい性格である曽我氏は、他の共演者達には新人・ベテランの区別なくよく声をかけ、積極的にコミュニケーションを取っていたという。

曽我氏が亡くなった日、メディアは「初代オバQの声優が亡くなった」と広く報じて、曽我氏のお店「ステラ」のウェブサイトには、何万件ものファンの追悼コメントが寄せられたという。
数多くの敵の魔女役をやった曽我町子氏。その原点がゴッドイグアナであった。


司会;
「愛の戦士レインボーマンに出演される経緯について・・・」

曽我氏;
「塩沢とき(故人)さんがやっていた魔女・イグアナが復活する予定だったんだけど、都合で塩沢さんからお断りが入ったらしくて。それでうちの事務所に連絡があって、その魔女を私に演ってもらえないかって。私はその頃、何でもかんでも『オバQみたいに』っていう注文に、ちょっと悩んでいた時期だったのね。

だって役者なんだから、いろんな役を自由に自分にしか出来ない表現で演ってみたいじゃない?でね、そこに来たのがこの役。『こういう役だけど、どう?』って。脚本見たら何か自由に演れそうだなと思って。全く演ったことの無いキャラクターだったし、そこに惹かれて引き受けたと思う。で、『私ならもっと面白く演れるんだけど』って思ったの。私は喜劇役者なんだね、面白さばかり追求してたんだよね、何故だか」

司会;
「魔女イグアナ(塩沢さん)を参考にされたりしましたか?」

曽我氏;
「いえ、観なかったの。普通は前の役を繋ぐ形で入ると観せられるものなんだけど、私は断ったの。『私のゴッドイグアナ』に徹しようと思って。やっぱり観ると引きずられちゃったりするから、観るのよそうって。最初にホン(脚本)を読んだ時の自分のイメージ、死ね死ね団の突拍子もない感じで行きたかったから。

でもね、カツラから何から皆、ときさんが使ってたやつでね、これはちょ~~っとね~~(苦笑)。やっぱり私、役を創りたいわけ、キチッと自分で。だからそのあと演ったキャラクターは、メイクなんかも自分で全部作ってるの」

司会;
「ゴッドイグアナの役づくりを具体的に・・・」

曽我氏;
「最初に演技プランを提出したの、私のゴッドイグアナを理解してもらおうと思って。例えばしゃべりは、シェイクスピアの、どの作品のどの場面のような感じでオーバーに演りたいとか、事細かに書いてね。監督には笑われちゃったんだけど、『気持ちはわかったよ、こっちも撮るときはそういうことを意識して撮るから、そういう形で行こう』って言ってくれてね。

自分の演技が自由にできると思ったら、すごく気持ちが楽になってね。それから、まずは自分がエンジョイすることにしたの。自分が楽しければ、観る人も楽しいはずだ・・・と(笑)。これがあとあとにつながるポイントになったのね。デンジマンのへドリアン女王の時も、ジュウレンジャーの魔女バンドーラにしても、とにかく自分自身がうーんと楽しんで演ったの」    (つづく)



先にレインボーマンの魅力は、ダッシュ7と6人の化身たちだと書いたが、筆者は、特にダッシュ6が好きである。番組を見ていた当時(子供の頃)は、ダッシュ5が好きだった。ダッシュ4もカッコイイ。一番好き嫌いだったのが、ダッシュ6だった。だってカッコよくないでしょ(笑)。でも大人になってからは、見方が変わるもんだ。

攻撃にも防御にも、地底ほど都合のいい場所は無い。『地球人は、地底は無防備だ』といったのはゴース星人だが、全くその通りで、とにかく地底は攻撃されにくく(安全)、相手にとっては攻撃しづらい(不得手)場所、そこを自由自在に動けるダッシュ6は、すごい能力なのである。

また意外だったのは、制作会社が東宝であることだ。この手の作品はみな東映だとばかり思っていたが、川内康範三部作のふたつが東宝、残りコンドールマンだけが東映である。コンドールマンの回で平山亨氏が出てくるのは、そのためである。

レインボーマン(2) ~ゴッドイグアナは演じた魔女や女王のイロハのイ [レインボーマン]

曽我町子氏はプロ意識が高く、いつも仕事に取り組む姿勢は誰よりも厳しい方だったというだけあって、仕事に関するエピソードは面白いものが多い。

(前回からのつづき)
司会;
「共演者の方がたとのエピソードがありましたら・・・」

曽我氏;
「与えられた役をばっちりこなそうと意気込んでいたから、誰かの印象とかはあまり残ってないのよ(微笑)。それにね、他の人達と絡むことがホントに無かったんですよ。レインボーマンとの絡みは多いんだけど。ただ平田(昭彦)さんがいい人でね。ゴッドイグアナがバーッと老婆になるシーンがあるでしょう。

あの老婆のメイクすると、気が滅入るのね。ホントに老人になっちゃったような気分になって、普段のしゃべり方までボソボソと。もう、メイクによってキャラクターが変わっちゃうから(笑)。で、スタジオの隅でショボくれてた感じだったから、平田さんが気を遣ってくれたみたいでね、一所懸命しゃべって下さるの。

どっちかっていうと私が一方的にしゃべるタイプで、平田さんは無口な方なんだけどね。だからそれがすごく印象に残ってる」

司会;
曽我さんは独特なキャラクターを多数演じていらっしゃいますが、他に印象的なキャラクターや撮影中のエピソードがございましたら・・・」

曽我氏;
「時空戦士スピルバン(86年)の女王パンドラかな。私はどんな役の時もそうなんだけど、一番最初が肝心だから、『この線』ってきめちゃって、途中からキャラクターをあんまり変えないタイプなんです。人の意見は聞くけども、人に言われてコロコロ変えていたら、観てる方も大変でしょ?だから変えるにしても、徐々に変えていくとかね。

ただパンドラの時。近所の子供たちがね、けっこう観ててくれててね。それまでは私が歩いて道で会うと、『うわぁ~、へドリアン女王だ、逃げろ~!』とか言って、クモの子散らすように逃げていったのね。それが『わ~、パンドラ。今度は怖くないぞ!』って言うの。『何で?』って聞いたら、『だって笑ってるもん』って。

それで私は、『あなた達ね、笑って悪いことするのが、一番怖いんだよ』って。でも子供にはわからなかったのね。どんなに凄んだ目をして演っても、普通に『笑ってる』って受け止めちゃうのね。それに気づいて、これじゃいけないなと笑い方を研究してね。途中で変えないというポリシーを曲げて、徐々に変えていったの。

だからパンドラは、最初は貴婦人風に『オホホホ』といって感じの笑いだったんだけど、途中から『ゥアハハハハ!』という出るような感じの笑いにして行ってね。それからは段々子供たちの反応も変わってきたんだけど、『笑い』というのは難しい、怖いものだなと思いました。

あと飯塚昭三さん(デスゼロウ将軍の声)との掛け合い。飯塚さんと組むようになって、好きなようにアドリブ入れようヨって。テストでウケたら本番にも活かしていこうって。本当はぶっつけ本番でやった方が面白いんだけど、いきなりやっちゃうと他の人達が面喰らっちゃうからってことで。最初は、アドリブぶつけてくれたら私がノルから、飯塚さんよろしくねってことで始めたの。

そしたらお互いノっちゃったのよ(微笑)。先手を取ろうと張り切っちゃってね(笑)、どんどん息が合ってきて面白かったわよ~。あとへドリアン女王の時は、ベーダー側の役者にまとまりがあってよかったわ。まとまるように自分で仕切っていたということもあるんだけど、ミラー(美川利恵)ちゃん、ケラー(湖条千秋)ちゃんの相談にのったりしてたし。

ミラーちゃんはネコ抱えてうちに遊びに来るしね。でもそのあとの『太陽戦隊サンバルカン(81年)』になると、女の子が5人になっちゃったもんだからもう大変で(苦笑)。相談事が2倍以上でしょう、単純にいえば。だから途中から入ってきた賀川雪絵(アマゾンキラー)ちゃんに『この子たち仕切って、お願い』って任せちゃって。そしたら、『あんた達!』なんて、アネゴ肌でまとめてくれたから助かっちゃったの(笑)」

司会;
「曽我さんにとって、ゴッドイグアナ役はどのような存在ですか?」

曽我氏;
「そうね、ゴッドイグアナは・・・私が演じてきた魔女とか女王といったキャラクター達のいろはのいの字なのね、のちの『5年3組魔法組(76年)』の魔女ベルバラ、ヘドリアン女王、女王パンドラ、魔女バンドーラへとつながっていく。それにさっき(前回)話したけど、役者としての壁を乗り越えるきっかけになったキャラクターでもある訳だから」


★★★★★★★★★★★★

ゴッドイグアナの娘、イグアナ役の塩沢とき氏が再登場を断った理由を、『老婆のメイクをすると気が滅入ってしまうので、あのメイクはもうしたくないから』という風に何かで聞いた記憶がある。曽我町子氏も同様のことを述べていることからも、あの役になりきることの大変さがうかがえる。
レインボーマンは、当時子供番組でありながらも有名俳優陣をキャストに迎えて、あとあと名が残る番組になったことは、たいへんうれしいことである。
それにしても、このおふたりとも若くして鬼籍に入ってしまわれたことは、まことに残念である。

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