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宮内洋、ヒーロー一本道(1) ~ありがとう!ライダーV3、ありがとう!風見志郎 [宮内洋]

宮内洋氏は、子供の頃からヒーローだった。と書くと「えぇ~」となるが、本名でもある宮内洋という名前を友達は、遊びに誘う時に『ヒ~ロ~』と大声で呼んでいたという落ちである。

男兄弟の真ん中で、厳格な父に育てられたおかげで、『兄を尊敬し敬う気持ち』と『弟をいたわる気持ち』が養われ、人としての道、けじめを教わったと言っている。またそのことが、「正義とは何か」を常に考えることの伏線になったとも言っている。

では、宮内洋氏の話をどうぞ。


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東映ニューフェースとしてこの業界に入った宮内氏は、霊界の宣伝マンと自称していた故・丹波哲郎氏を師と仰ぎ、TBSの『キーハンター』というスパイもの番組で本格アクションを身に付けていくことになる。

ある時、「東京の毎日放送へ行くよう」に言われたが、これこそが『仮面ライダーV3』のオーディションであった。毎日放送の局長、部長クラス、東映のプロデューサーらがズラリ並んでいる所で、『東映の宮内洋です』と普通にあいさつしたのだが、その態度が『俺は東映の宮内洋だ!』のごとく大きくみえたとか。

当時その場にいた平山亨プロデューサーがそう言うのである。やがて主人公・風見志郎役は10人に絞られて、その時点で宮内洋に決定した。東映で制作していることは知っていたが、一度も観たことのなかった『仮面ライダー』だった。

早速ビデオデッキを買って放送を見たら、その頃は1号2号のふたりのライダーが活躍していた。師匠の丹波哲郎氏にこのことを話したら、『お面で顔も判らないような役なら、やめっちめぇ』と言われて、『はじめは素顔で出て、あとでヘンシンとやってお面になるんです』と答えたら、『フーン、そうかい』という会話があったことを思い出すという。

ある日、マスコミを集めてV3の撮影会が行われたときのこと。宮内氏はまだ他の映画撮影をしている最中で、チンピラやくざ役だったので髪は短かった。当時ヒーローは、髪が長くアイドル系がいいということだったため、この撮影会と本編撮影が始まってからの最初の12本は、短い髪を隠すためにカツラを付けて演じていたという。V3、26の秘密の一つであろう(笑)。

初日の撮影でバイクが転倒・大破させてしまった宮内氏だったが、撮影半ばも過ぎてキバ男爵の頃には、バイクチェイスで普通に突っ走るところを、トランシーバーで会話しながら走ることもやるようになっていた。これはこのトランシーバーを刀代わりにして、横で伴走している敵とバイクに乗ったまま戦うというシーンを撮りたかったからである。

ツバサ軍団の頃には、バイクで敵を追跡するシチュエーションで、木と木の間をバイクですり抜けていく風見志郎に戦闘員が両側からロープを投げ、風見はロープに引っ掛かり絡めとられて、バイクだけが走り抜けていくというシーンがあった。

このシーンも宮内氏が演じて、バイクは大破しないように砂地のような場所で撮影した。これらは必ずしもストーリー上撮らないといけないシーンではないかもしれないが、宮内氏は自分のアクションに新しい味付けをしたかったのだった。

常に新しいことを考えて、監督に進言する。それによっていいアクションが撮れたなら、それは東映の評価が高まることにつながる。自分は東映所属の役者だし、スタッフも東映の社員。良い作品を撮るためには、危なくない程度の無理・無茶もしようという心意気であった。

『仮面ライダーV3』の地方ロケーションは、伊豆、浜松、高知、愛媛があった。高知と愛媛では現地の子供たちに少年ライダー隊として参加してもらうため、夏休み期間中にロケーションが行われた。フェリー『さんふらわあ』号を使っての移動であった。

この船での移動中も撮影をしながらの行程。愛媛松山の奥道後観光ホテルでの大ロケーションを行った。ホテルの庭園内で火薬を使ったり、松山城の階段でバイクを走らせたり、ロープウェイの上に登ったりと、とにかく派手にやった。

この時はテレビの前後編と映画の合計3本持ちだったが、制作費を使いすぎて金が無くなり、ホテル側に『ステージでアトラクションをするから』というお願いをして、無料で酒を飲ませてもらったという逸話がある。ちなみにその時に約束したアトラクション内容は、宮内洋1曲唄(柳ケ瀬ブルース)と大野剣友会の殺陣だったそうである。

撮影も終盤に来て、ライダーマン登場編がある。デストロンの科学者でありながら、優秀さをねたまれてヨロイ元帥に処刑されかかった半改造人間だ。時にはV3の味方になり、時には敵に回る。デストロン首領に逆らいきれない立場が、彼をそうさせる。

このキャラクターがいたからこそ、プロトンロケットのエピソードは大いに盛り上がった。ライダーマンがいなければ、ロケットの爆発阻止を誰がするのか。V3が身体を張って阻止するわけにはいかないだろう。ライダーマンがやってくれたからこそ、あそこまで悲壮感あふれる名シーンになったに違いない。

身を挺して東京を救ったライダーマンは、まさに『仮面ライダー4号』の名にふさわしい男だ。宮内氏は、この『ライダーマンの最期』に花を添える言葉をつぶやくシーンは、夕陽の時間帯を待って悲壮感を出そうという演出を考えた。夕暮れに、あのセリフは心にしみるものになると思ったからという。

『仮面ライダーV3』は、視聴率好調のうちに終わりを迎える。企業の宿命か、番組の打ち切りに対して現場の人間は何も言える権利を持たない。

普段なら宮内洋=風見志郎=ヒーローとして自覚を持ち、行い等にも努力していたが、最終回を告げられた日の夜だけは、風見志郎、いや宮内洋は新宿歌舞伎町で涙しながら呑んでいたという。そんな宮内氏の相手をしてくれたのが、長石多可男監督(当時助監督)であった。

その夜はヒーロー風見志郎を忘れて、飲んだという。こうしてヒーローというものを深く考えるきっかけをつくってくれた『仮面ライダーV3』は、終わった。「ヒーローとしての心構えを教えてくれた風見志郎よ、ありがとう。そして仮面ライダーV3よ、ありがとう」 (終わり)

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宮内洋、ヒーロー一本道(2) ~大人の集団『秘密戦隊ゴレンジャー』その1 [宮内洋]

『5人揃って、ゴレンジャー!』アカ、アオ、キー、モモ、ミドの5色。『ファイブレンジャー』としなかったところがミソだったと故・平山亨氏も言っていたが、『ファイブレンジャー』よりも『ゴレンジャー』という音の響きがいい、言いやすいということが大事なポイントであった。

言い易ければ覚えやすいし、受け入れやすいということにつながるのだろう。歌舞伎の『ご存じ白波五人男』が発想の原点にあるという、石ノ森章太郎氏の話だ。

ヒーローはひとりで戦うという今までの常識を打ち破った、新しい形のヒーロー像であり、それと同時に女性ヒーロー(ヒロイン)が加わるという流れをも作った。だが見方を変えると、一人ひとりは弱いのかもしれないし、一人でも欠けると必殺技(最終兵器)が出せないという大きな欠点も存在する。

だからチームワークの大切さを教えるには、格好の教材と言える。まさに宮内洋氏の言う『ヒーロー番組は、教育番組である』という線を外していない所は、さすがだ。しかし、何人いても一人ひとりが最善を尽くさないと駄目なことに、変わりはない。

ズルをして一人でも力を抜いたとき、団結力は乱れ相手を倒すことは叶わないだろう。テニスや卓球のダブルスという戦い方は、ペアのうちの一人が強くても相棒が弱いとその弱点を突かれてしまい、勝ち抜くことは困難である。多いことが、必ずしも有利という訳にはいかないこともある。チーム力を発揮することの難しさであろう。

では、宮内洋氏の話をどうぞ。

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メンバーが五人いると団結をモットーとするためには、リーダーが必要になってくる。そのためには隊長を決めなくてはならないので、その役割をアカレンジャーがすることになった。隊長は出ずっぱりである。宮内氏はスケジュールの関係で、ゴレンジャーに出ずっぱりは無理。

そこで宮内氏の演じる色は、アカ以外ということになった。モモとキーは、無理。そこでアオかミドリのどちらかということになって、『どちらでもいい。宮内洋が演じるのだから、どちらの色でも頑張るだけだから、アオを、新命明を演らせて頂きます』ということで、アオレンジャーに決まった。

単なる部下の隊員じゃ無くて、隊長が一目置くような隊員でもいいかと思って石ノ森章太郎先生に相談したら、『隊長アカが宮本武蔵で、アオが佐々木小次郎で演ったらいい』というヒントをもらいスタートしたのが、『秘密戦隊ゴレンジャー』というわけだ。

スケジュールの関係で、新命明が出演せずにアオレンジャーだけが出演した回が何回かあった。この手の作品はオールアフレコなので、声の出演は毎回必ずしていた。

アフレコと言えば、当時キレンジャーを演じていた畠山麦さんが宮内氏の近所に住んでいたようで、いつも一緒に食事をしたり呑みに行ったりしたという。劇中、バリブルーン、バリドリーンという飛行機が登場するが、その操縦席にはいつもアオとキーがいる。キーは役名、大岩大太。

 キー 「新命どん、敵が来よりましたばい」
 アオ 「大ちゃん」

 キー 「あいなァー」
 アオ 「スタンバイ、オーケイ」

 キー 「スタンバイ、オーケイ」
 アオ 「参りましょう」

 キー 「参りましょう」
 アオ 「フライトスイッチ、オン」    「ミサイル発進、ゴー!」

と、このようなやりとりはふたりで考えたもの。最初の回で撮り終わってアフレコのとき、この二人の会話を監督が感心していた。それで次の台本には、しっかりとこのようなやりとりが書き込まれる様になったそうだ。

アオレンジャーが持っている『ブルーチェリー』という武器も、台本ではただのアーチェリーだったのを、アフレコの時に『ブルーチェリー』と宮内氏が吹き込んで、そのまま採用になったものだ。

新命明が単独行動をとる回の話にはタイトルに『青い~』となっており、アオレンジャー編である。このような回はアクションが派手なので、男の子には人気があったようだ。飛行機で飛び、敵中に潜入することの多かった新命明。なかなかアオレンジャーに変身しないのが、宮内氏だ。

新命明でヤッテやってやりまくって、最後にアオレンジャーの登場となる。特に張り切ったのは、静岡県浜松の舘山寺でのロープウェイアクション。命綱を使わずのワンカットアクションを、監督・カメラマン・アクションディレクターと打ち合わせに打ち合わせを重ねた。

そしてさらに、『ロープウェイの屋根の上のロープの接点の所に立ちたい』と主張して決行した。よりスリリングなものを皆に見せたいという気持ちからだったというが、下の湖面までは100メートル、落ちたら一巻の終わりだ。

当時所属していた丹波プロのマネージャーは当然止めに入ったが、辞める宮内氏では無い。台本にはただ、『山を登って敵のアジトに侵入』と書いてあるだけなのに、こんな危険なスタントをしてのけるのが、男・宮内洋なのである!  (つづく)


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驚きである。いや、さすがというべきかもしれない。台本に普通に書いてあることを、わざわざこんなに《命がけの仕事》に書き替えてしまうなんて!もちろん、計算つくされた行動の上に演るのだから勝算はあるわけだが、程度の差はあれ危険なことは危険、それを命綱無しで実行してしまうとは、さすがヒーローを演じるために生まれてきた男、宮内洋である。

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宮内洋、ヒーロー一本道(3) ~大人の集団『秘密戦隊ゴレンジャー』その2 [宮内洋]

(前回からつづき)
リーダーではないのに、隊長では無いのに頑張ってしまう。いや、だからやったのかもしれない。そのときもまた、新命明ではなく、完全に宮内洋になっていた。スケジュールが取れなくなってしまった時もあって、そんな時はほとんどアフレコだけの参加となってしまった。

元の台本では『青い~』のアオレンジャー編になっていても、宮内氏が出られないので、急きょ『緑の~』に変え、ミドレンジャー活躍編に変えてしまったこともあった。

ここで面白いエピソードを披露しておこう。鳥取県ロケーションでのこと。飛行機で移動なので、前もって事務所が用意してくれたチケットで、羽田空港から乗り込んだ。『鳥取空港から15分程度でホテルに着きますから、直接タクシーで入ってください。

ホテルの玄関で、制作の方が待っていて下さいます』と事務所から言われていたので、鳥取に着いてからタクシーに乗った。『皆生グランドホテルへ行ってください』と言ってのまま乗っていると、15分のはずが45分も過ぎてしまった。

『あのう運転手さん、あとどのくらいかかりますか?』と聞くと、『あと30分程です』との答え。事務所は15分と言ったけど、聞き違えたのかなと思い、そのまま乗り続けた。その頃、ホテルの制作と事務所との電話のやりとり。

事務所;
『確かに今から乗りますという電話が入りましたから、間違いなく乗っていると思います』 

制作側;
『ホテルに着く時間をもう1時間も過ぎているのに、まだなんです。飛行機が落ちたというニュースも、流れてませんしね』 

約1時間10分かかってホテルに着くと、みんなが出て来て『何かあったの?』とてんやわんやの大騒ぎ。当の宮内氏は、『何事ですか?皆さん』と、ケロッとした顔。このからくりはというと、鳥取県の空港は、鳥取空港と米子空港の二つがあったのだ。

そして羽田空港発、鳥取空港行きと米子空港行きが偶然にも同時刻発だった。鳥取ロケと聞いた事務所は鳥取空港行きのチケットを取ったが、実際は米子空港行きでなければいけなかったという訳だ。これはお騒がせエピソードとして、宮内氏の記憶によーく残っているそうだ。

この時のロケーションがたいへんだった。バリドリーンが海に落ち、気を失っている新命明というシチュエーションで、鳥取大砂丘でロケーション。台本には『大砂丘の海辺で漂流している新命明が、やっとのことでたどり着いた大砂丘。でもそこには、右も左も何もない。

懸命に歩きだす』とだけ書かれていた。ところが、前日から降り続いた大雪で一面真っ白の銀世界。しかし撮影は中止されず、大雪原の中での撮影となった。新命明は、黒のズボンに赤のワイシャツ。しかも、いつも第3ボタンまで開けているという胸元を見せている衣装だ。

ゆえに、防寒用のウエットスーツが着用出来ない。真冬の日本海で、薄着のまま銀世界をさまよう芝居をするはめとなった。撮り終わって、すぐに近くの小屋の風呂へ直行。

すると、『すぐお湯に入るんじゃないぞ。まず水道水からかぶり、それからぬるま湯にしていき、そうしておいて風呂に入るように』と声がかかる。心臓麻痺を防ぐためとはいえ、このときも死ぬ思いをしたと宮内氏。街ではジングルベルが聞こえてくる12月24日の出来事だった。

『秘密戦隊ゴレンジャー』のオープンニングタイトルでの話。タイトルを観ると判るように、新命明は雪の中を転げ回りながらアクションをしている。撮影中の第一カットで高さ30センチ程の所から下に飛んだら、そこにはびっしりと霜が降りていたのだ。

それが着地と同時にグシャッと潰れて、地面から30センチ程もぐってしまった。この落差のおかげで、捻挫をしてしまったのだ。それでオープニングでは、雪の中の転がりアクションになってしまった訳である。

バリブルーンやバリドリーンのような様々なスーパーメカを使いこなすのが『ゴレンジャー』の魅力だが、もちろんバイクによるアクションシーンも登場する。バイクといえば、V3ではナナハンのバイクに乗っていた。これはスピードが出てくると安定感が増し、だからこそ走りながら変身ポーズが取れるのだ。

一方のアオレンジャーが乗るのは、サイドカー付のバイク。V3は変身するとハリケーンというスーパーバイクになるが、こちらはアオレンジャーでも新命明でもバイクは変わらない。そこで何か特別な乗り方を考えた結果、マスターしたのがサイドカーを地面から上げての走り方だ。

これが画面に映ると実にカッコイイ。ヘルメットの時は、テンガロンハットを背中に背負うのが宮内流のポーズ。そのポーズともピタリとはまった走り方だった。

『秘密戦隊ゴレンジャー』のアクションは、当初は大野剣友会が担当していたが、途中からJAC(ジャパン・アクション・クラブ)の担当に変わった。大野剣友会は刀をもつ剣技を得意としていたので、アクションに重量感があった。ゴレンジャーが見栄をきるアクションなどは、最高だった。

一方のJACは、器械体操のようなテンポンの速いアクションを得意としていた。トランポリンを使ったりクルッととんぼ返りしながらのアクションなどは、見せ場を作ってくれた。両者の持ち味を上手く取り入れたアクションチームが編成できれば、最高に面白いアクションシーンが撮れるのにと、宮内氏は当時、強く思っていたという。

『元祖・集団ヒーロー』であるゴレンジャーは大人の集団だったと、宮内氏は振り返って思う。ある日、アイススケートを使ってのロケーションのため、早朝から富士急ハイランドへ行くことになった。

それでアオの宮内氏はキーを連れて中央高速道路を走っていたら、スピード違反の検問に引っかかってしまった。調書を取る所へ行くと、先にアカが捕まっているではないか!数分後にはミドとモモもやってきて、ゴレンジャー勢ぞろいってなもんだ。5人はよく食事に行ったし、呑みにも行った。

孤立しないように、日頃も協力し合って行動を共にした。ゴレンジャーは、まさに大人の集団、団結の集団だった。すでに実績ある役者を集めたこの作品は、余計な軋轢の無い幸せな作品だったと宮内氏は振り返る。大人の集まり、ゴレンジャー・バンザイ! そして張り切りボーイの新命明よ、いつまでも! (終わり)


★★★★★★★★★★★★
先日ネットサーフィンしていたら、ご苦労されている2代目キレンジャーのだるま二朗さんを、元ゴレンジャーメンバーたちが励ましにいくというバラエティー番組の企画を観た。

みんなそれぞれ事情を抱えていたが、そこはゴレンジャーメンバーだ、何とか時間を作ってだるま二朗さんに会いに来ることが出来た。なんだか涙が出そうになった。ナポリタンが大好きなキレンジャーへ、モモ特製ナポリタンが配られた。他のみんなも一緒に食べた。

仲間っていいなぁって、思った。だるま二朗さん、ご苦労されて大変でしょうけれども、仲間の支えを心に刻んで、まだまだ頑張ってほしいと思います。

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