So-net無料ブログ作成
ダイヤモンド・アイ ブログトップ

ダイヤモンド・アイ(1) ~外道照身霊波光線、前世魔人の正体みたり! [ダイヤモンド・アイ]

今回は川内康範先生の超人三部作の第二弾、ダイヤモンド・アイである。70年代前半に放送された『レインボーマン』の後番組として企画されたものである。前作と決定的に違う所は、『ふたりの主人公を持つ』という点である。

レインボーマンとヤマトタケシは同一人であるが、この作品でダイヤモンド・アイは人間の主人公《雷甲太郎》が変身するわけでは無いという点が大きく違っている。(ちなみに今作の後番組コンドールマンでは、人間主人公=超人という点でレインボーマンに近い)

さて、人間側主人公である《雷甲太郎》はルポライターという仕事で事件を追っていて、不正政治家や悪徳企業家を見つけるという展開がまずある。そしてその不正な人間たちから策略を弄して金を巻き上げる更なる悪の存在として、前世魔人がいるという設定になっている。

どちらかといえば人間側主人公である雷甲太郎を中心に物語は進行し、ダイヤモンド・アイは人の力ではどうすることも出来ない事態を迎えた時に現れて、前世魔人の正体を暴き、それを駆逐する者として描かれている。つまりヒーロー=ダイヤモンド・アイは、人間を見守り助ける『ランプの精』のような存在として描かれているのだ。

この物語でアイがどれほど多くの前世魔人を倒しても、世の中から人間の悪や不正が消えるわけでは無い。この点に注目してみると、ひとりひとりの人間が、悪を憎み不正を許さぬ心を持つことが大切であるという、川内康範先生の思いが伝わってくる。

では、川内康範三部作のすべての脚本を担当された、伊東恒久氏の話をどうぞ。


伊東氏;
「この作品で難しかったのは、ダイヤモンド・アイというヒーローをどう描こうかということだったね。レインボーマンはヤマトタケシと同一だったからよかったんだけど、アイはランプの精みたい、人間とは異質な存在でしょう。少しでも違和感を感じると、後々までつきまとうから。もう少し現実的な方がよかったんじゃないかと思うね」

聞き手;
「ひとつ間違えると、説教しにやってくるみたいな・・・」

伊東氏;
「そうなんですよ。全能の神様みたくなってしまってね。ただね、『レインボーマン』と同じことはしたくないと思っていたから」

聞き手;
「確かに同じ変身ものにしたら、レインボーマンと同じと思われたかもしれないですね」

伊東氏;
「だからあの時は、『ヒーローをもっと崇高な精神の象徴にしたらどうだろう?』と考えたのが、ああいう形になったわけですよ。でもそれが内容を少しわかりにくいものにした原因かもしれない」

聞き手;
「そのために雷甲太郎という人間臭いもう一人の主人公を設定してますね」

伊東氏;
「バランスを取ったつもりだったんだ。でも彼がアイを呼べばすぐ来てしまうという所にね、『レインボーマン』にあった自助努力の精神というものが、やや薄れてしまったかもしれない。その辺が、今一歩だったかな。あと、いざ戦闘となると、やはり人間の殺陣になるでしょう。

ロボットにはロボットの殺陣があるように、アイにはアイの殺陣があった方がよかったね。これはこちらの設定ミスかもしれない。ああいう姿をしていても、もっと超越した存在なんだとすれば良かったのかもしれない。仁王様みたいなものなんだ、とかね」

聞き手;
「この作品もレインボーマン同様、前半はストーリーが連続していて、さらに複雑になっていましたが」

伊東氏;
「難しいことをやってるわけじゃないけど、全体として見ると、解りにくくなったかもしれない。僕らが変にエスカレートしたところがあるよね。だからもうこの方向に行くのはやめようということになったんでしょう」

聞き手;
「後半は、もう少し解りやすいストーリーになったわけですね」

伊東氏;
「視聴率をもっとあげなくちゃいけないとか、いろいろ問題があったんだと思うよ。これは言い訳にしかならないけど、準備期間があまり取れないままに創ってしまったということも、あるかもしれないね。『レインボーマン』をやりながらの準備だったからね」

聞き手;
「どの辺からスタートされたのですか?」

伊東氏;
「確か4クール目に入った後くらいだったかな。『続・レインボーマン』でも良かったのかもしれないけど、スポンサーの関係もあってそうもいかない。それに僕らも違う形のものをやりたいと思っていたからね。東宝側のプロデューサーも変わって、また一から意思疎通を図りながら創っていかないといけない部分もあったし」

聞き手;
「あの『ばぁれたかぁ~』は、どなたの考案ですか?」

伊東氏;
「あれは川内先生だった。ある時『ばぁれたかぁ~』と言いながら、こう身振りをしてくれてね。『ああ、それいいですね。それいきましょう』と。『レインボーマン』の悪役・ミスターKというのは僕のネーミングだけど、『K』というのは、川内康範先生から戴きました。本当はミスターXでも何でもよかったんだけど、そういう意味合いに取ってくれればいいかと思っていたんだ。川内先生も怒ってなかったから、まぁ大丈夫でしょう(笑)」


★★★★★★★★★★★★
ダイヤモンド・アイは、時価10億円と言われる世界有数のブルーダイヤ“アラビアの王”の精であり、全能の神から遣わされた平和の使いである。雷甲太郎が絶体絶命の危機に陥ったとき、左手にはめられたアイリングを光にかざし、『アイよ!』と叫ぶことで姿を現す。前世魔人は長年の宿敵であり、この世の悪霊を倒さぬ限り元のダイヤには戻れない宿命であるという。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:テレビ

ダイヤモンド・アイ(2) ~危ないこともいろいろ演りましたよ。でもテレビで観るとそれがよくわからないんですよ(俳優・歌手/大浜詩郎氏)その1 [ダイヤモンド・アイ]

また一人、「ヒーローを演じた男」が旅立っていたことをご報告しなければならない。いや正確にいうならば、ヒーローを演じたのではなく、ヒーローと共に巨悪と闘った男というのが正しいだろう。今回は遅ればせながら、川内康範先生のヒーロー三部作の第二作目『ダイヤモンド・アイ』を取り上げるに際し、主人公『雷甲太郎』について調べていて、この訃報にぶつかった。大浜詩郎氏が亡くなられたのは2010年1月のことで享年63歳、まだお若い。

大浜氏は大学在学中に日活にスカウトされ芸能界入り(1967年)し、多数の日活映画に出演。その後フリーとなってテレビ界に活躍の場を移していく。1973年『光の戦士 ダイヤモンド・アイ』の主役・雷甲太郎役で、筆者をはじめ多くの特撮ファンは大浜氏を知ることになる。その後は主に舞台を中心に活動していた。歌手とも書いたように、1994年には裕 詩郎(ゆう しろう)としてCDデビューを果たしている。この辺の話は、後ほどインタビューの中にも出てくる。

ところで、当時ある雑誌に次のような掲載記事が載ったという。『変身ものの次にブームを呼ぶのは、献身ものにまちがいない・・・』 「献身」とは、自分を犠牲にして社会や他人に尽くすことである。川内三部作のヒーロー達はみな、この「献身もの」であるに違いない。しかし、この『ダイヤモンド・アイ』が他2作と決定的に違うのは、主人公が雷甲太郎とダイヤモンド・アイの二人いる点だ。

雷甲太郎はルポライターで、日々社会の中に潜むさまざまな事件を追っている。事件として悪徳連中を追ううちに、彼らの背後に前世魔人の存在を知るのである。そして人の力の及ばない状況になったとき、超人アイの登場となる。超人よりも人間を主体として描くというドラマ作りであり、超人アイは「守護神」的な存在として描かれている。
では、ライコウ・インタビューをどうぞ。


★★★★★★★★★★★★
聞き手;
「『レインボーマン』のオーディションを受けられていたそうですが」

大浜氏;
「そうなんですよ。でも僕が行ったときには、もう決まった後だったようでした。篠田三郎さんも来ていましたよ。その時は何もなかったんですけど、この『ダイヤモンド・アイ』をやるときに声をかけていただいたんです。主役の選考には、北見八郎役(*)をやった谷岡行二さんも東宝からきていたんですよ。

僕と二人でアクションのテストやったり、カメラテストしたり。結局、局側の推薦で、ボクになったようです。こうしてみると、ライコウという役はハマッていたんじゃないかなと思うんですよ、自分でいうのも何ですけど。

あの「ライコウ・マーチ」という歌も好きでしたね。どこかのニュース番組でつかってくれないかなぁと思っているくらい(笑)」
(*)源海龍(実は魔人キングコブラ)が謎の総裁となって仕切る協会で、秘書をしている

聞き手;
「大浜さんとキャラクターが近かったのでしょうか?」

大浜氏;
「どうなんでしょうね。やっているうちに、僕のパターンになっていったのかもしれない。アクションには自信があったんで、かなり自分でやってますね。ちょうどブルース・リーが流行り出した頃でした。今観ると、反省すべき点も多いですけど」

聞き手;
「かなり無茶なことも要求されましたか?」

大浜氏;
「危ないこともいろいろやりましたよ。ジェットコースターの上で格闘したりね。でもテレビで観ると、それがどんなにたいへんなことなのか、わかんないですよね。あと、断崖絶壁みたいな所を走ったりもしました。テレビで観ると、その崖がどんなに高いのかわからない。1ショットでいいから、それが判るカットを入れてくれればいいなぁと思いました。

オレ、すごく大変なことをしてるんだぞ、とね(笑) 第一話でモンちゃんが撃たれるところで、階段から飛び降りるシーンがあるんですよ。実はかなり高い場所なんです。でも飛び降りるまでを、ワンカットで撮っている。そうしないと、人の命の重さというのが出ないでしょう。どこまで伝わったのかなって思いますがね」

聞き手;
「特に怪我はされませんでしたか?」

大浜氏;
「いいえ、ありませんでしたね。オーディションの時にも、『怪我のひとつやふたつ、平気だよね?』と聞かれたので、『いや、怪我はしません』って答えたんです。生意気にもね(笑) ちゃんと下準備さえすれば怪我はしませんし、殺陣だってそんな無謀なことはさせませんから。

高瀬(昌弘)監督は、『無茶はするなよ。お前が怪我したら撮影できなくなるんだからな』と言ってましたけどね。六鹿(監督)さんは逆に、『もっとやれ!』という感じで、ノセてくるタイプでしたね。そういえば同じ撮影所で『太陽にほえろ!』も撮っていたので、よく松田優作とも会いましたよ。

撮影所の前にある喫茶店でよく話したりね。よく彼は『そっちの(番組)方がいいよ』って、言ってたなぁ。僕は日活で(石原)裕次郎さんとのお付き合いも長かったので、現場ではよく声をかけて頂きました。日活の延長線みたいな感じで、もうそれだけで幸せでしたよ。やはり僕の青春は日活でしたから」   (つづく)

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:テレビ

ダイヤモンド・アイ(3) ~だから、決して無くならないでしょう。ガン細胞と一緒ですよ(俳優・歌手/大浜詩郎氏)その2 [ダイヤモンド・アイ]

(前回からつづき)
聞き手;
「撮影中、大変だったなぁと思われたことは?」

大浜氏;
「いや、特に苦労したなという憶えはないですね。昔『黒部の太陽(70年)』という映画に出たんですが、その時のことを思えばどんな撮影も辛くない。(要約すると、黒部トンネル工事のシーンの撮影は、前半は厚着をして蒸し風呂状態で、後半は事故で大水に浸かるシーンを経験して、たいへんだったが若かったから乗り切れたと回想している)」

聞き手;
「オートバイに乗るシーンが多かったとおもいましたが」

大浜氏;
「この撮影に間に合うように、免許を取りました」

聞き手;
「お演りになっていて、ストーリーが複雑だと思われませんでしたか?」

大浜氏;
「確かに解りにくい部分はあったかもしれませんけど、観ていくと引き込まれていくんですよ。でも、視聴率的にはあまり良くなかったんじゃないかな。裏番組が堺正章さんの番組(ハッチャキ・マチャアキ/日本テレビ系)だったんですね」

聞き手;
「だから後半、ややカラーが変わりましたね」

大浜氏;
「やはり視聴率を上げたいということだったと思います。でも根本的な部分では、変わらなかったでしょう。ラスト、ライコウをかばって切られた蘭花(隅田和世)を助けてやってくれと、アイに頼むところとかね。非常にヒューマンな感じがしました。この作品は、非常に奥深い作品なんですよ。哲学的というのかな。子供番組なんて、ただ悪い奴らをやっつけておしまい、みたいなものもあるじゃないですか。

最近この番組を見返してみたんですけど、すごい作品をやっていたんだなぁと改めて思いました。鈴木宗男さんの事件とかテロとか、この作品のまんまじゃないですか。このことを最初に感じたのは、オウムの事件があった時です。人間を洗脳して多くの人間を殺傷させたというのを聞いたとき、『ダイヤモンド・アイ』と同じだと思ったんです。

それに竜神代議士とか公害を垂れ流している工場とか、社会悪というものを徹底的に描いていたじゃないですか。社会に言いたいことを、随分と言っていたような気がします。だから、やった価値はあったかな。今こと花咲かせたい番組だと思いますね。

最近この作品を観たという25歳の人から、ファンレターをもらったんですよ。子供番組だと思って何気なく観ていたら、これはスゴイ番組だと。これほどまでに社会的なことを盛り込んでいるとは思わなかった、と書いていましたね」

聞き手;
「川内康範先生の作品には、“人の心が悪を生み出す”というテーマ性がありますからね」

大浜氏;
「だからね、決して無くならないでしょう。ガン細胞と一緒ですよ。断ち切ることはできないけれど、ならばうまく共存していく方法があるんじゃないか?と、いうことですよね。それはすごく難しいことだろうけど、できないことは無いんじゃないかな。凄く大きなテーマを持った作品をやっていたんだなぁと、今にして思いますね。当時はわからなかったですけど(笑)」

聞き手;
「この作品のショーで、ハワイに行かれたそうですね」

大浜氏;
「そうです。約一か月の間行っていました。KIKUテレビのプロデュースで、インターナショナル・スリリング・サーカスの興行と一緒だったんです。会場は、かつてエルビス・プレスリーがコンサートをやったHICというものすごく大きい会場ですよ。後にも先にも、3万人の客の前に出たことは、あれだけですね。

英語で『ラーイ・コウタロウ』と紹介されると、パーッとスポットライトが当たってね。『アロハ~』なんて挨拶して。英語でセリフを覚えていって。アイリングも、その時のやつはかなり大きいんですよ。普通の指輪じゃ、客席から見えないから。

僕が『アイよ!』と叫ぶと、そこにライトがパッと当たってね。するとアイが2階の客席に現れるんです。二家本(辰巳)さんがアイをやってたんですが、そこから下に敷いたサーカス用の大きなマットに、空中回転しながら降りるんですよ。

向こうでの発音は『ダイヤモンド・アイ』じゃなくて、『ダイモン・アイ』って聞こえるんですよ。セリフもね、『ショウ・ユアセルフ(正体見たりという意味か?)』とか、『ドゥ・ユア・ベスト(献身せよの意味か?)』とかね。

『ドゥ・ユア・ベスト』なんて何回も言ってると、お客さんが一緒になって言ってくれたりもしましたね。行ったのは放送が終わって、しばらく経ってからです。ハワイとかロスアンゼルスでも結構放送していたらしく、人気があったみたいですね。だから日本よりも向こうの方が、人気が上なんじゃないのかな」

聞き手;
「CDを出されたとお聞きしましたが」

大浜氏;
「“裕 詩郎(ゆう しろう)”という名前で、何年か前に出したんですよ。八代亜紀さんと裕次郎さんのプロデュースを手掛けられた中島さんという方が会社を作られて、そこで企画ものとしてやってみようということで。許可を取って、ジャケットに裕次郎さんの写真も使わせて頂きました。内容は、『あの世に行っても、一緒にやろうよ』というものです。残念ながら、あまり売れませんでしたけどね」
(おわり)


★★★★★★★★★★★★
裕詩郎さんの歌う「別れ歌を背中に」は、哀愁のある曲調でなかなか良い歌であると思う。どこか石原裕次郎にも似た声質が、この歌をよりいい感じに聞かせてくれる。この記事を書くまで、失礼ながら全く知らなかったことが勿体なく思われたというのが、正直な気持ちである。もっと宣伝をすれば、売れていたかもしれないがもう遅い。「追悼 大浜詩郎」で検索できます。

筆者は、この作品のヒロイン?でもある蘭花こと隅田和世さんのことが、とても好きであった。憧れの女性・お姉さんという感じでいつも観ていた。キカイダー01にも出ていたし、ホント憧れの女性であった。役柄である謎の女、敵か味方か解らない女・的な所も、彼女の魅力を倍増させていたのかもしれない。今はどうしておられるのだろうか・・・

改めまして、大浜詩郎氏のご冥福をお祈りいたします。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:テレビ
ダイヤモンド・アイ ブログトップ