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古代の遺跡と古代宇宙飛行士説・1 [古代の宇宙人]

人類が月面着陸にはじめて成功した1969年7月20日。SFの世界の出来事だと思っていたことが、この時を境に実現可能だと思われるようになった。人が宇宙を旅して他の星に行けるのなら、他の星に住む者達が地球に来られないはずがない。

現代のUFO目撃事件が急増する中で、新しい仮説が誕生した。宇宙人が古代に地球に訪れて、神とみなされていたという説である。

アポロ11号が月に着陸するちょうど一年前、1968年に出版されたのが「未来の記憶(原題はCHARIOTS OF THE GODS?)」だ。この本は科学者や宗教家、その他多くの人々の地球観を一変させた。

著者であるスイス人のエイリッヒ・フォン・デニケン氏は、何千年も昔に宇宙人が地球を訪れたことを、この本の中で立証しようとした。デニケン氏がこの本を書くきっかけとなったのは、学生時代に聖書の翻訳をしていて、疑問に思う部分があったからだという。

そこでデニケン氏は、あらゆる神話や宗教に関わる創世の物語を読み漁り、その結果解かったことは、登場する人物や英雄の名前は違っても話の型は同じで、大抵は何者かが空から降りてくるという話であった。私達の祖先は、これを神だと思いこんでいたのだろう。

このことを知ってさらに疑問が湧いたデニケン氏は、つぎのように考えた。宇宙人は、原始時代の人間に影響を与えたのではないか。そうだとすれば、その証拠はどこにあるのだろうか?

そうこうして、宇宙人の足跡を探し続けて45年程になるデニケン氏だが、絵画の中や考古学的な遺物、それに古代の文学の中に宇宙人がやってきた証が残されており、もはやそれは否定できないモノとなっている。

デニケン氏の説は新しい視点から古代文明を捉えたもので、一大旋風を巻き起こした。これまでの考古学では説明できない歴史の謎や異常な事柄を取りあげたことが、読者には特に心惹かれる内容となっていたのである。

太陽系の外から神が地球を訪れ、文明を形作る手助けをしたという革新的な考えが、この本の中にはあったのである。

デニケン氏の本は批判も多かった。科学者の間では特に評判が悪かったが、新しい説に批判はつきものなのである。やがてこの説を信じる者達によって、明白な証拠が集まるようになった。

例えば、近年に発見されたはずの大陸を記した、何世紀も前の地図がある。この地図に描かれた南極大陸は、氷に覆われてはいなかった。つまりこの地図は、何百万年も前に作られた地図かもしれないのだ。(氷に覆われる前の南極大陸のことを、どうして知り得たのか?)

また、ピラミッドの中の壁画には電球のような絵が描かれている。ピラミッドの中は真っ暗なため、灯りと言えば松明を考えつく。松明を燃やした場合には天井にススの跡が付くが、それが全くないのだ。

後年、研究者がピラミッド内で懐中電灯の電池切れでライターの火を点けようとしたとき、酸素が少なくて火が点かなかったという。

上空からしか見えない謎の地上絵は、誰のために描かれたのか?飛行機の無い時代に、空を飛ぶ者に対するメッセージとしか、考えられないのだ。

何千年も前に地球に来た宇宙人と我々の先祖は、どのようにして意志の疎通を行っていたのだろうか。また、宇宙人が地球にいた物的証拠はあるのだろうか。

ベル―のナスカで証拠が見つかるかもしれない。ここに広がる乾いた不毛の大地の上には、数えきれないほどの幾何学模様や図形が描かれている。

飛行機に乗って上空から見ると、滑走路のように帯状の線が何本も見える。ある所からはじまって、数キロメートル先でそれはプツリと切れている。最も長いもので23キロ。驚くことに、歪みも無く真っ直ぐで、その先は別の線につながっている。

太い線と細い線が交わる中に巨大な地上絵が描かれていて、魚やクモ、サル、宇宙人(猿人)などが描かれている。どれも皆、この大きさでは上空からしか見ることが出来ないのである。

これらは、ひょっとすると何百年、何千年も前に造られたのかもしれない。ナスカ高原の上空は風が吹かないため風化を免れて、今日まで残されているのである。

若い頃に初めてナスカに行ったデニケン氏は、地上絵が地面の中に白いモノが埋め込まれて線が描かれていることに気付いた。白いモノの正体は塩かと思い、口に含むと無味無臭だった。そこで、ドレスデン工科大学にサンプルを持ち込んで調べてもらったところ、クリスタルガラスであることが判明した。

このように、ナスカが奇妙な土地であることは間違いないが、この土地の答えを知るには発掘が必要である。ところが、ナスカは聖なる土地なので発掘の許可が下りず、これ以上はどうすることもできないのである。

この山の頂上を水平に切ったような巨大滑走路が人の手で造られたモノだとして、造られた理由が謎である。空を飛ぶ乗り物に乗った神々に、着陸地点を示していたのか?

そうでなければ、どうしてこのようなモノを造ったのか説明がつかない。この地上絵は今のところ、宇宙に向けて合図を送ろうとしていたとしか考えられないのである。
(つづく)


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「古代人に宇宙人は影響を与えたか」という問題について考察するシリーズを始めた。デニケン氏の説は、通称・古代宇宙飛行士説という。宇宙人が古代にやってきて、古代人たちに巨大建造物の施工を教えた、若しくは手伝ったという説である。現代人が最新機材を使って造っても、何年かかるか分からないような巨大建造物が、世界中に点在している。それらを検証していくシリーズである。

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古代の遺跡と古代宇宙飛行士説・2<改> [古代の宇宙人]

《古代の神は宇宙人だった》これがデニケン氏の説である。デニケン氏が、絵画の中や考古学的な遺物、古代の文学の中に発見した宇宙人来訪の足跡。この足跡が残っているからには、人類の起源について一度見直しが必要になるのではないだろうかと提案しているのだ。

又、この足跡は、地球外生命体が存在することや、人間に似た生物が地球を訪れていることも、可能性として考えられることを示している。

デニケン氏の著書「未来の記憶」の影響は様々な分野に及び、F・ハーバートの「デューン砂の惑星」や「スタートレック」、映画「2001年宇宙の旅」などが生み出された。「未来の記憶」の出版は宇宙人の存在を信じる人々に受け入れられ、多大な影響を与えていった。

中でも、作家のデビッド・チルドレスや出版者のジョルジョ・ツォカロスなどは大いに影響を受けた代表者であり、今やこの分野の第一人者として古代宇宙人飛行士説を支持し、その証拠を求めて世界中を飛び回っているのである。

ナスカに残される謎は、巨大な地上絵だけではない。デニケン氏がセスナでナスカ高原上空を何度も飛んでいて、あまりに不自然だと思った光景がある。それは、滑走路のように長く伸びた直線が描かれた山だけが、頂上を人工的に削られて平坦になっているのだ。
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周囲の山の稜線(尾根)は両側からそそり立って鋭く尖っているのに、滑走路のような直線が描かれた山の頂上だけは、スパッと水平に切り取られたように真っ平らなのである。

しかも、山が削られて出た土砂が無くなっていることも、不思議である。すぐ下の谷にも周辺の地域にも、土砂は見つかっていない。
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そしてもう一つの疑問。異星人は何故、ペルーの乾いた砂漠に降りたのだろうか。例えば、よその星から宇宙船が地球にやって来て、この星が何で出来ているのかを調べたかった場合、ナスカはそのサンプルとして最適な場所であるという。

今でもこの地域の土壌には、世界に類をみないほどの鉱物や資源が豊富に含まれているのである。つまりナスカは、地球のほぼすべての資源や鉱物が集中し高い割合で土壌に含まれている、地球成分の参考書みたいな場所なのである。

ナスカの地上絵については、もちろん反論もある。昔の人が巨大なアートを作ろうとしていただけとか、大きな絵が描けるかどうかやってみただけ、などという見解である。

又、宗教上の信仰対象をかたどったもので、その地上絵の縁に沿って歩くことで神の姿が見えたなど、目的が解らないのだから多くの推測が生まれるのは当然であるとする意見である。

ナスカの地上絵は、地上から見たのでは何が描かれているのか全く判らず、上空から見なくてはならないという点を特に強調するデニケン氏は、空を飛ぶ者に向けてのメッセージだと主張しているのである。
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他の星からの訪問者が神と見なされたのならば、どこかに書き記されてはいないだろうか。聖書(Holy Bible)の中に、ひょっとすると答えが見つかるかもしれない。

過去に他の星に棲む生物が地球を訪れていたというデニケン氏の思いは、神や聖書の教えと矛盾するものではない。解釈が異なるだけなのだ。

敬虔なキリスト教徒で心から神の存在を信じていたデニケン氏は、神は全能であるから、神があちらからこちらへ移動する時に乗り物を使うはずがないと思った。

旧約聖書と呼ばれる書物には、神や天使が地上に降臨した事を記す箇所がいくつかあって、時に神は、凄まじい轟音ともうもうと立ち上る煙を携えていたと書かれている。

例えば、予言者エゼキエルが書いた書には、珍しい空飛ぶ乗り物に乗って、天界の者達が地上に降りたのをその目で見たと書かれている。デニケン氏に言わせれば、この書は異星人目撃事件の詳細な証言記録なのだ。

この書の中でエゼキエルは、見たものだけでなく、聞こえたものについても説明している。そして、すべてが神のなせる業(わざ)だと記しているのである。またエゼキエルは、人の姿に似た4つの顔とツバサを持つ者が、輝く車輪のある乗り物に乗る様子を、描写しているのである。

『光の中には玉座のようなモノがあって、そこに人の姿をした者がきらめく衣をまとって、座っていた。その下には車輪らしき物とツバサが見えていた・・・』
エゼキエルは、ツバサが羽ばたく音についても、滝のような爆音だったと記している。(つづく)


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宗教は、過去の出来事を元に作られることがあると、作家のデビッド・チルドレス氏は語っている。
住人達に恩恵をもたらしていたある出来事がある。
それがある日突然、起こらなくなってしまう。
すると、その恩恵に預かっていた住人たちはその恩恵がまた起こるようにと、恩恵をもたらしてくれたモノに似せた形のモノを作って、祈りを捧げるようになる。
それが宗教に発展するのだという。

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古代の遺跡と古代宇宙飛行士説・3<改> [古代の宇宙人]

神や天使が地上に降臨した事を記した箇所が書かれている旧約聖書に出てくる登場人物で、もう一人デニケン氏が注目するのが、エノクである。旧約聖書の中で、エノクについて触れている章は一か所だけであるが、エノクに付いて書かれている部分は、非常に多いのである。

エノク書はエノクの啓示、つまり「私は○○をした」という一人称の形で書かれた文章である。天界や地獄、最後の審判、ノアの大洪水についての予言などが語られており、天使、堕天使、悪魔の記述が多い。

聖書によれば、エノクは神によって、300年の間空へと連れ去られていたという。そこで最も位の高い神と呼ばれる存在と引き合わされた。神はしもべたちに向かい、エノクに自分達の言葉と読み書きを教えるように告げた。エノクはいろいろなことを記録に残すようになった。

そして、この見知らぬ民たちの名前や役割を調べて、記録に残しているのである。例えば、天文学者は誰かということを、エノクは理解していたのである。何千年も前に生きたエノクは、人類で初めて、そして唯一、宇宙人の名前や役割を知った人物なのである。

神と異星人が同じだとするデニケン氏の説を信じるとすれば、神が人の歴史に関わるのを認めても、異星人の来訪を全否定するのはなぜだろうか。二つの違いを言うと、デニケン氏の説は、異星人が人類の文明を発達させるために、技術を与えたとしている。

一方で、神が魔法の腕時計を人類に与えたというようなことは、少なくとも、聖書には書かれていない。聖書では、神はどう生きるかを教えてはくれるが、特定の文明人の発展のために、新しい装置の作り方を教えるようなことはしないのである。

また、こんな反対意見がある。古代人は、神と交わった宗教体験を、神話や比喩や絵で表現している。なので、表現された通りに理解してしまうことは危険なことなのである。旧約聖書は、当時の人々の経験や世界観に基づいて、神との交流を記録したものである。

旧約聖書に書かれた神の戦車が、たとえどんなものか推測できたとしても、UFOとの類似点をあげることにあまり意味は無いというのだ。当時と今とでは世界観に違いがありすぎて、書かれてあることをそのまま受け取ることは、間違いの元になるということだろう。

デニケン氏は聖書のほかにも、地球外生命体現象に関する証拠を見つけ始めた。調べてみると、ほぼあらゆる宗教でよく似た神の話があった。強大な力を持つ神が地球を訪れ、人と接触して何らかの影響を与えたという内容だ。

この神と呼ばれた者達は宇宙人であり、彼らは地上に暮らし、人間に命令を下して従わせていた。そして、ある時が来ると、はるか未来の世になればここに戻ってくると言い残して、姿を消したということだ。

古代インドの叙事詩の中には、謎の空飛ぶ乗り物・ビマーナ(Vimana・飛行機を意味する語)が頻繁に登場するが、これらのサンスクリット文書の中には、五千年以上昔に書かれた物もある。
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古代インドのサンスクリット文字で記された歴史書・バーナマタプラーナには、サルバという名の王が操る宇宙船の事が書かれている。

この宇宙船は金属製で、動く様子が蝶の飛び方にそっくりなことや、時には二つの場所に同時に姿を現したことが文章から読み取れ、いずれも現代のUFO目撃証言との記述的一致がみられるのである。

そのほかのサンスクリット文書、つまりマハーバーラタやリグ・ヴェーダ、ラーマーヤナにも、幅30メートル余りの、現代の航空機と同等の能力を備えたビマーナの記載がある。ビマーナが生み出す光の矢は、集中して当てれば標的を焼き尽くしたという。

これらの文書の内容は、まるでSF小説と錯覚するほどである。ビマーナという宇宙船で人々は飛び回り、ビーム砲で空中戦を行い、町を丸ごと滅ぼそうとするのである。

このような記述が、想像で書かれたものだとは一概に言い切れないだろう。何故なら、何千年も前に書かれた物とはいえ、現代の目撃証言の中で語られるUFOの動きと、あまりに共通点があるからである。(つづく)


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現代のインドでは、古代の異星人や神の話は事実として受け止められており、信じないどころか、そんなことは常識だと言われるだけだという。

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古代の遺跡と古代宇宙飛行士説・4<改> [古代の宇宙人]

古代宇宙飛行士説を信じる者達がその説を主張するにあたり、根拠とするものが2種類ある。古代文書などの読むことが出来る証拠が一つ、もう一つが実際に見ることが出来る証拠である。

文芸初期の洞窟画や岩壁画、それに石の彫刻が世界中で多数発見されている。絵の力は、一千語の言葉に匹敵するのだ。例えば、イタリアの洞窟に描かれたヘルメットをかぶった2体の宇宙飛行士らしき絵があるのだが、これは一体何者なのか、答えは明らかであろう。
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古代の絵や像にかたどられる人物は、どれも当時のモノとは考えられない奇妙な服をまとい、ヘッドギアをかぶっている。しかし、これが何千年も前に地球を訪れた者の姿なのだろうか。
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古代の宇宙人に関する専門誌を発行するジョルジョ・ツォカロス氏は、古代宇宙飛行士説の第一人者で、その様々な証拠を求めて、世界中を旅している。彼は次のように主張している。

『地球外生命体らしき者を表現した像や彫刻、絵や文書は、世界中に存在します。アメリカ・ユタ州のペコキャニオンには、頭かヘルメットの上にアンテナが付いた奇妙な生き物の姿が、岩壁に刻まれています。
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地球の裏側に当たるオーストラリアのキンバリーでも、全く同じようなヘルメットをかぶった者の絵があります。こちらは、後光が描かれています。目撃した際に、洞窟の壁に絵で残そうとするほどの衝撃を与えたものとは、何だったのでしょうか。
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別の大陸になりますが、グアテマラ・シティでは、現代の宇宙飛行士に不気味なほどよく似た彫刻が発見されました。とても一千年以上前のモノとは思えません。コロンビアでは、現代の飛行機そっくりな形をした副葬品が数多く出土しています。
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固定された翼があって、胴体があって、垂直尾翼まで付いています。垂直尾翼は、自然界には存在しません。空気力学を考慮して、考え出された物だからです。当時の人々は、きっとこのような形をした物が空を飛ぶのを、目撃したのです』
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人々は何かを目撃し、何かを聞いたに違いないのだ。そしてそれを、当時の素朴な道具と絵を使って、できる限り表現しようとしたのであろう。それらが壁画や副葬品のような形で、現代まで残っているのである。

デニケン氏をはじめとする古代宇宙飛行士説の論者たちにとって、もっとも有力な証はメキシコにある。マヤ文明の遺跡・パレンケは、スペイン人探検家に偶然発見されるまで、何世紀もの間忘れ去られていた。

パレンケ遺跡は、その外観が巨大ピラミッドで、この古代神殿の地下には、数トンに及ぶ石棺が隠されている。7世紀にパレンケを治めていた王・パカルの墓であると言われている。パカル王は、ここパレンケで死んだと伝わっている。

マヤの指導者パカルは、謎の多い人物でもある。身長は2メートル10センチを超える大男だったと言われる。パカル王が死ぬと、人々はその墓の回りにピラミッドを建て、パカルを神のように崇拝したのだという。

パレンケに安置されたパカル王の石棺のフタには、マヤの芸術を代表するレリーフで飾られている。このレリーフにかたどられた人物は、パカルが地中に潜る姿であるというのが通説であるが、古代宇宙飛行士説では全く別の解釈をしている。

宇宙カプセルに乗った男が鼻には空気マスクを装着し、右手は制御装置を操作している。左手はスイッチを入れたように見える。左足のかかとはぺダルの上に置かれ、後方にはエンジンがあって、炎が噴き出ているようにみえる。
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このレリーフに描かれた男の様子と、現代の宇宙飛行士のロケットやスペースシャトル内での姿勢や身に付けた装備とが、両者を比較するとよく似ていることが解るのである。

考古学会では、このレリーフはパカル王が地下世界へ旅立つ様子を描いたものだとされ、デニケン氏の説は全く支持されない。宇宙へでは無く、地底へ向かうというわけだ。だが、観光客の多くは、デニケン氏の説を支持しているという。

マヤ人は高度な暦と数学の知識を持っており、特に天文学は進んでいた。古代において最も高い文明を誇っていたにもかかわらず、文明後期には忽然と姿を消してしまう。どこへ行ったかも、判っていない。ある説によれば、マヤの人々は宇宙人で、ただ地球から去っただけではないかという。

1929年、ガゼルの皮から作る羊皮紙に描かれた絵図が発見された。それは、オスマントルコの提督、ピリー・レイースによって16世紀に作られたものと判明した。しかしこの地図には、当時知られていないはずの大陸が描かれていたのである。作家のマイケル・クレモ氏は言う。

『この地図には、現在は厚い氷に覆われて見えなくなっている南極大陸の海岸線が描かれています。これは驚くべきことです。何故ならこの地図は、南極大陸が氷に覆われる前、つまり何百万年も前に作られたものかもしれないからです』

ヨーロッパとアフリカ大陸の輪郭までもが正確に描かれていたが、最も驚くべきは、南極半島が記されていることである。南極大陸の発見は、この地図(1513年製作と記す)が描かれた300年程後(1800年代)のことになる。南極を覆う氷の厚さは1.5キロメートル以上もある。

地図職人が、現代の世界地図の上にピリー・レイースの地図を重ねてみると、細部にわたって驚くほど正確に書き記されていたという。何世紀も前に地図を描いたこの人物は、まだ発見されていなかった山や河を、どうやって知ったのだろうか。

当時は氷の下を見る方法も無ければ、上空を飛んで地形を精密に写しとることなども、できたはずがないのだ。(つづく)


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なんだか、ぞくぞくするような話だ。当時、まだ知られていないはずの南極大陸や山河が、すでに正確に描かれた地図があったと言う話だ。マジックの種がどこかにあるのか・・・

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