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古代の遺跡と古代宇宙飛行士説・4<改> [古代の宇宙人]

古代宇宙飛行士説を信じる者達がその説を主張するにあたり、根拠とするものが2種類ある。古代文書などの読むことが出来る証拠が一つ、もう一つが実際に見ることが出来る証拠である。

文芸初期の洞窟画や岩壁画、それに石の彫刻が世界中で多数発見されている。絵の力は、一千語の言葉に匹敵するのだ。例えば、イタリアの洞窟に描かれたヘルメットをかぶった2体の宇宙飛行士らしき絵があるのだが、これは一体何者なのか、答えは明らかであろう。
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古代の絵や像にかたどられる人物は、どれも当時のモノとは考えられない奇妙な服をまとい、ヘッドギアをかぶっている。しかし、これが何千年も前に地球を訪れた者の姿なのだろうか。
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古代の宇宙人に関する専門誌を発行するジョルジョ・ツォカロス氏は、古代宇宙飛行士説の第一人者で、その様々な証拠を求めて、世界中を旅している。彼は次のように主張している。

『地球外生命体らしき者を表現した像や彫刻、絵や文書は、世界中に存在します。アメリカ・ユタ州のペコキャニオンには、頭かヘルメットの上にアンテナが付いた奇妙な生き物の姿が、岩壁に刻まれています。
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地球の裏側に当たるオーストラリアのキンバリーでも、全く同じようなヘルメットをかぶった者の絵があります。こちらは、後光が描かれています。目撃した際に、洞窟の壁に絵で残そうとするほどの衝撃を与えたものとは、何だったのでしょうか。
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別の大陸になりますが、グアテマラ・シティでは、現代の宇宙飛行士に不気味なほどよく似た彫刻が発見されました。とても一千年以上前のモノとは思えません。コロンビアでは、現代の飛行機そっくりな形をした副葬品が数多く出土しています。
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固定された翼があって、胴体があって、垂直尾翼まで付いています。垂直尾翼は、自然界には存在しません。空気力学を考慮して、考え出された物だからです。当時の人々は、きっとこのような形をした物が空を飛ぶのを、目撃したのです』
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人々は何かを目撃し、何かを聞いたに違いないのだ。そしてそれを、当時の素朴な道具と絵を使って、できる限り表現しようとしたのであろう。それらが壁画や副葬品のような形で、現代まで残っているのである。

デニケン氏をはじめとする古代宇宙飛行士説の論者たちにとって、もっとも有力な証はメキシコにある。マヤ文明の遺跡・パレンケは、スペイン人探検家に偶然発見されるまで、何世紀もの間忘れ去られていた。

パレンケ遺跡は、その外観が巨大ピラミッドで、この古代神殿の地下には、数トンに及ぶ石棺が隠されている。7世紀にパレンケを治めていた王・パカルの墓であると言われている。パカル王は、ここパレンケで死んだと伝わっている。

マヤの指導者パカルは、謎の多い人物でもある。身長は2メートル10センチを超える大男だったと言われる。パカル王が死ぬと、人々はその墓の回りにピラミッドを建て、パカルを神のように崇拝したのだという。

パレンケに安置されたパカル王の石棺のフタには、マヤの芸術を代表するレリーフで飾られている。このレリーフにかたどられた人物は、パカルが地中に潜る姿であるというのが通説であるが、古代宇宙飛行士説では全く別の解釈をしている。

宇宙カプセルに乗った男が鼻には空気マスクを装着し、右手は制御装置を操作している。左手はスイッチを入れたように見える。左足のかかとはぺダルの上に置かれ、後方にはエンジンがあって、炎が噴き出ているようにみえる。
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このレリーフに描かれた男の様子と、現代の宇宙飛行士のロケットやスペースシャトル内での姿勢や身に付けた装備とが、両者を比較するとよく似ていることが解るのである。

考古学会では、このレリーフはパカル王が地下世界へ旅立つ様子を描いたものだとされ、デニケン氏の説は全く支持されない。宇宙へでは無く、地底へ向かうというわけだ。だが、観光客の多くは、デニケン氏の説を支持しているという。

マヤ人は高度な暦と数学の知識を持っており、特に天文学は進んでいた。古代において最も高い文明を誇っていたにもかかわらず、文明後期には忽然と姿を消してしまう。どこへ行ったかも、判っていない。ある説によれば、マヤの人々は宇宙人で、ただ地球から去っただけではないかという。

1929年、ガゼルの皮から作る羊皮紙に描かれた絵図が発見された。それは、オスマントルコの提督、ピリー・レイースによって16世紀に作られたものと判明した。しかしこの地図には、当時知られていないはずの大陸が描かれていたのである。作家のマイケル・クレモ氏は言う。

『この地図には、現在は厚い氷に覆われて見えなくなっている南極大陸の海岸線が描かれています。これは驚くべきことです。何故ならこの地図は、南極大陸が氷に覆われる前、つまり何百万年も前に作られたものかもしれないからです』

ヨーロッパとアフリカ大陸の輪郭までもが正確に描かれていたが、最も驚くべきは、南極半島が記されていることである。南極大陸の発見は、この地図(1513年製作と記す)が描かれた300年程後(1800年代)のことになる。南極を覆う氷の厚さは1.5キロメートル以上もある。

地図職人が、現代の世界地図の上にピリー・レイースの地図を重ねてみると、細部にわたって驚くほど正確に書き記されていたという。何世紀も前に地図を描いたこの人物は、まだ発見されていなかった山や河を、どうやって知ったのだろうか。

当時は氷の下を見る方法も無ければ、上空を飛んで地形を精密に写しとることなども、できたはずがないのだ。(つづく)


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なんだか、ぞくぞくするような話だ。当時、まだ知られていないはずの南極大陸や山河が、すでに正確に描かれた地図があったと言う話だ。マジックの種がどこかにあるのか・・・

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古代の遺跡と古代宇宙飛行士説・5 [古代の宇宙人]

古代の宇宙人に関する証拠を探すために、エイリッヒ・フォン・デニケン氏はあらゆる手段を尽くしている。デニケン氏の説を裏付ける証拠は、2種類に分類できる。

一つは文学で、歴史的文書や神話のたぐいである。もう一つは、現存する物だ。例えばピラミッドに代表される巨大建造物の遺跡である。およそ250万個とされる石のブロックを積み重ねて大ピラミッドを建築する術を、古代エジプト人は他の星の助け無しに、知り得たのだろうか。

世界中を巡り歩いても、これだとハッキリ断言できる物に早々は巡り会えない。しかし、そういった場所には、巨大な花崗岩や玄武岩のかたまりがあって、あきらかに加工が施されているのである。中には1千トンあると思われる石もある。
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鉄道の車両程もある大きさの巨石が、ペルーやボリビア、メキシコ、それに古代エジプトにはある。古代人は何の為に、どのようにして、あのような車両サイズの石を運んで積み上げ、あのような巨大建造物を造り上げたのだろうか。

もっとも有名で謎の多い巨石建造物といえば、エジプト北部にある都市ギザにある大ピラミッドだろう。三大ピラミッドの中でも一番古く、規模は最大で、奇跡的な建造物だとされている。
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およそ20年の工期を経て、紀元前2560年頃に完成したと考えられているが、これでは計算が合わないと指摘する声もある。

論理的に考えても、それだけの時間で250万個の石を掘りだして、運んで、組み立てることなど到底できないであろう。現代においてさえ、20年でこれを造るのはとても無理だと言う技術者もいるほどである。このような意見を述べているのは、ジョルジョ・ツォカロス氏である。

ギザのピラミッドの建設方法についての仮設はいろいろあるが、宇宙人が造ったという説や反重力技術を使ったという説などもある。何千人もの力でスロープを利用して引っ張り上げたという説もあるが、頂上(137メートル)までの高さに達すると、3キロもの距離を運ばなければならないのだ。
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巨大な石は精密に積み上げられていて、構造も非常に正確にできている。例えば、ピラミッド内部にある個室の内壁は、花崗岩と大理石で造られているが、どうやったら、あれほど美しく平らに加工できたのだろうか。
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当時の人々が、機械も使わずにこれをやってのけたとはとても思えない仕上がりなのである。この大ピラミッドの建設は奇跡として、建築工学の謎として、これからも残り続けるであろう。

エジプトの古い言い伝えでは、大ピラミッドを建てたのはよその国からやって来たサウリットという人物だと言われている。ところが、この人物はイスラエル人の間で、エノクと呼ばれていたという。

エノクは旧約聖書に出てくる予言者で、宇宙人と関係があったと思われ、エノク自身も宇宙人に会ったとハッキリエノク書の中で記している。

古代エジプトで記された文書を読むと、ピラミッドは天の番人たちの力を借りて、人間の手によって建設されたものだと、書かれている。ここでいう天の番人たちとは、神を意味しているのである。

ですから、古代宇宙飛行士説では、ピラミッドを造ったのは人間だが、地球外の技術を利用して建てられたのではないかと提唱している。

大ピラミッドは、考古学的な謎だけではなく、地理学的にも驚きの事実がある。ピラミッドの四つの側面は、東西南北の方角と見事に一致している。しかしながら、方位磁石が発明されるのは、何千年も後のことなのだ。

地球の裏側で、古代エジプトとほぼ同じ建築方法でピラミッドが造られていたことは、単なる偶然の一致なのだろうか。インドネシアのある島にも、またインドやメキシコにもあるところをみると、世界的規模で何かが起こっていたと考えられるのである。
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海で遠く隔てられた文化に同じ構造物があって、そのほとんどが同じ工法で造られている理由を、考古学は説明できていないのである。

メキシコの中央高原には、2000年以上昔の古代の都市遺跡が残されている。その名前をテオティワカンといい、神の町を意味している。この遺跡群の中央に位置しているのが、太陽のピラミッドである。
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驚くことに、このピラミッドの底面積は、エジプト・ギザの大ピラミッドとほぼ同じである。単なる偶然なのか。それとも、どちらも同じ者によって設計されていたのであろうか。

二つの仮設がある。一つは、地球外生命体によって同じ知識を与えられたのであろうという説。もう一つは、地球上に過去何千年にわたり、あらゆる地域を行き来していた人物がいたという説。

テオティワカンには、太陽のピラミッドと月のピラミッドという二つの巨大なピラミッドがあり、伝説によれば、世界の崩壊の際に、巨人であった神によって、この二つのピラミッドが造られたとされている。

アステカやマヤの人々、アリゾナ州北部に住む先住民ホピ族は、世界は過去に何度も滅びたと信じている。その原因は火や氷、大洪水などである。その都度人類は立ち上がり、そして四つ目の新たな世界が始まる時に、神によってテオティワカンが造られたとされているのである。

古代エジプトの文書には、ピラミッドが建設された目的が何であったかが、記されている。それは、知識を蓄えるためだという。ピラミッドは、宇宙に関する知識が詰まった何百冊もの本だというのである。

そしてそれは、天の番人たちによって書きとられたとされている。科学者や考古学者たちを悩ます遺跡は、ピラミッドだけではない。このような遺跡は、世界のあらゆる場所に見つかるのである。 (つづく)


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エジプトのピラミッドについて
石やレンガで造られた方錐形建造物の遺跡。カイロの西方に約80基存在し、最大規模のモノはキザのピラミッドで、底辺の1辺が230メートル、高さ137メートル

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古代の遺跡と古代宇宙飛行士説・6 [古代の宇宙人]

南太平洋に浮かぶ、今も人が住む絶海の孤島イースター島。ここには、モアイと呼ばれる何百体もの石像が、島の沿岸を見守っている。この像は、何千年も昔に訪れた宇宙人をかたどったモノなのだろうか。
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この石像は何千年の後の世にまで残るように建てられたもので、使われた石も何トンにもなる巨大なものである。これほどの巨大な石で人々が構造物を造ったこと自体驚きであるが、当時このようなことが世界中で行われていたのである。
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それなのに、原始時代の人間がこれを造った理由など、特にないと言われているのである。何の意味も無く、世界各地で巨大石像が造られることなど、あるのだろうか。

古代の文明が持っていた知識や文明を知るにあたり、その文明が文字を持っていたかは重要である。「これはこのようにして作った」という記述が残っていれば、非常に有効な証拠となるからである。

エジプトには文書や絵画が数多く残されているので、当時の技術を知ることができるのである。しかし、イースター島にはそのような文書は残っていない。つまり、それほど高度な文明では無かったとも考えられるのである。

何千キロも海を隔てたボリビア共和国には、驚くほどイースター島の石像と似通った石の彫刻が存在する。ここ、ティアワナコ遺跡は、あまりにも古すぎて、現代の年代測定法が通用しない。1万七千年以上昔の、恐らくは世界最古の都市遺跡だろうという説もある。
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ここにある彫刻はイースター島のものとよく似た様式で掘られ、また奇妙な表現が施されていると指摘する考古学者がいる。
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ティアワナコ遺跡には、今までに発見されている古代の文明と同じ様式を持つモノがたくさんみつかっているのである。紋様や彫刻に共通点があることから、このティアワナコ遺跡が起源ではないかとも思われるのである。

ティアワナコ遺跡からほんの数百メートル離れた所に、謎が多く残された遺跡が横たわっている。その遺跡、「プマプンク」の石の廃墟に興味を示す者などほとんどいないが、この遺跡は古代宇宙飛行士説を信じる者達を刺激し、想像を書き立てる遺跡なのだ。

ジョルジョ・ツォカロス氏が語る。
『古代宇宙飛行士説というパズルを解くピースの中でも、とりわけ重要なものがボリビアの高原に残されたプマプンクの遺跡ではないかと思います。

ギザの大ピラミッドは驚異の建造物として称えられますが、プマプンクの建築技術に比べれば、足元にも及びません。ただし、それを証明する論理的根拠がないのです。

プマプンク遺跡は、まるで凄まじい力で粉々に破壊されたかのように、巨石建造物の残骸が一帯に散乱しているだけです。これまでに数多くの遺跡を見てきましたが、プマプンクは飛びぬけて不可思議な遺跡です。
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当時の人間が、これを成し得たとは到底思えません。これが何の為に、どのように造られたのかという疑問も、残されたままです。考古学では、先住民アイマラ族の人々によって、この遺跡が造られたとしています。

プマプンク遺跡のような建造物を建てるには、文字を書く技術や設計技術が必要になります。どのブロックをどこにはめ込めば、最終的に目指す形になるかを考えなければなりません。
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しかし、これは考古学者が皆認めることですが、当時のアイマラの文書は存在しないのです。設計図も無しに、どうやって建てることができたのでしょう?』

プマプンクの石は非常に精密に切り出されていて、ブロック同士が完全に組み合わさるように入念に計算されているのである。しかし、この遺跡の近辺に採石場はない。
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一体どのようにして、建材となる巨石を運んでいたのであろうか。しかもここは海抜4千メートルの高地で、コロに使用する堅いクスのような大木は生えていないのである。デビット・チルドレス氏は語る。

『プマプンクやティアワナコの遺跡の何がすごいのか、なぜ古代宇宙飛行士説でこれほどまでに注目されるのかというと、使用された石があまりにも巨大で、非常に高度な石の加工技術が使われていたからです。これは石の加工を機械で行っていた、つまりこの文明が、機械を持っていた証拠だと言えるのです』

エイリッヒ・デニケン氏が語る。
『非常に大きい石の土台があって、その表面は見事に磨き上げられています。こういった巨石の中には、石器時代のノミでは絶対に加工ができない、数ミリ幅の溝が掘られた物もあります。
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ですから、石器時代の加工技術だけでなく、何か別の技術も使われていたはずです。石に刻まれた溝は、端から端まで一直線に引かれ、深さも完全に均一なのです』

ジョルジョ・ツォカロスは語る。
『プマプンクにある物すべてが、あまりにも正確で完璧に造られているのを見ると、熟練の職人だけがそこで作業をすることを許されたのかと思うほどです。どうしてこんなことができたのかと、不思議でなりません。

一番興味をひかれるのは、使用された石が砂岩ではなく花崗岩や閃緑岩だったことです。閃緑岩より硬い石は、ダイヤモンドしかありません。となると、ダイヤモンドを装着した機械が無ければ、こういった加工は出来なかったはずです。
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アメリカの教授たちがコンピュータと測定器を持ち込んで調査をしましたが、現代の建築技術でプマプンクを再現することは、絶対に不可能だと言ったそうです』

これらの脅威の建造物の建築方法をたとえ解明できたとしても、それはパズルの断片を見つけたにすぎない。このような建造物が建てられた理由や、どのように使用されたのかといった疑問が、次々と湧き出てくるからである。(つづく)


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石で造られた建造物は、腐食することが無い。コンクリートでも50年経過すれば劣化するという。石は劣化しないので、古代人は何千年も残る建造物を造るために、石を組み上げて造ったのだという。しかし、石を加工することは難しい。まして、石同士を組み上げるのに隙間を造らず加工することは大変難しく、当時の人間の持つ技術でできたかという点は大いに疑問である。

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