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古代の遺跡と古代宇宙飛行士説・3<改> [古代の宇宙人]

神や天使が地上に降臨した事を記した箇所が書かれている旧約聖書に出てくる登場人物で、もう一人デニケン氏が注目するのが、エノクである。旧約聖書の中で、エノクについて触れている章は一か所だけであるが、エノクに付いて書かれている部分は、非常に多いのである。

エノク書はエノクの啓示、つまり「私は○○をした」という一人称の形で書かれた文章である。天界や地獄、最後の審判、ノアの大洪水についての予言などが語られており、天使、堕天使、悪魔の記述が多い。

聖書によれば、エノクは神によって、300年の間空へと連れ去られていたという。そこで最も位の高い神と呼ばれる存在と引き合わされた。神はしもべたちに向かい、エノクに自分達の言葉と読み書きを教えるように告げた。エノクはいろいろなことを記録に残すようになった。

そして、この見知らぬ民たちの名前や役割を調べて、記録に残しているのである。例えば、天文学者は誰かということを、エノクは理解していたのである。何千年も前に生きたエノクは、人類で初めて、そして唯一、宇宙人の名前や役割を知った人物なのである。

神と異星人が同じだとするデニケン氏の説を信じるとすれば、神が人の歴史に関わるのを認めても、異星人の来訪を全否定するのはなぜだろうか。二つの違いを言うと、デニケン氏の説は、異星人が人類の文明を発達させるために、技術を与えたとしている。

一方で、神が魔法の腕時計を人類に与えたというようなことは、少なくとも、聖書には書かれていない。聖書では、神はどう生きるかを教えてはくれるが、特定の文明人の発展のために、新しい装置の作り方を教えるようなことはしないのである。

また、こんな反対意見がある。古代人は、神と交わった宗教体験を、神話や比喩や絵で表現している。なので、表現された通りに理解してしまうことは危険なことなのである。旧約聖書は、当時の人々の経験や世界観に基づいて、神との交流を記録したものである。

旧約聖書に書かれた神の戦車が、たとえどんなものか推測できたとしても、UFOとの類似点をあげることにあまり意味は無いというのだ。当時と今とでは世界観に違いがありすぎて、書かれてあることをそのまま受け取ることは、間違いの元になるということだろう。

デニケン氏は聖書のほかにも、地球外生命体現象に関する証拠を見つけ始めた。調べてみると、ほぼあらゆる宗教でよく似た神の話があった。強大な力を持つ神が地球を訪れ、人と接触して何らかの影響を与えたという内容だ。

この神と呼ばれた者達は宇宙人であり、彼らは地上に暮らし、人間に命令を下して従わせていた。そして、ある時が来ると、はるか未来の世になればここに戻ってくると言い残して、姿を消したということだ。

古代インドの叙事詩の中には、謎の空飛ぶ乗り物・ビマーナ(Vimana・飛行機を意味する語)が頻繁に登場するが、これらのサンスクリット文書の中には、五千年以上昔に書かれた物もある。
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古代インドのサンスクリット文字で記された歴史書・バーナマタプラーナには、サルバという名の王が操る宇宙船の事が書かれている。

この宇宙船は金属製で、動く様子が蝶の飛び方にそっくりなことや、時には二つの場所に同時に姿を現したことが文章から読み取れ、いずれも現代のUFO目撃証言との記述的一致がみられるのである。

そのほかのサンスクリット文書、つまりマハーバーラタやリグ・ヴェーダ、ラーマーヤナにも、幅30メートル余りの、現代の航空機と同等の能力を備えたビマーナの記載がある。ビマーナが生み出す光の矢は、集中して当てれば標的を焼き尽くしたという。

これらの文書の内容は、まるでSF小説と錯覚するほどである。ビマーナという宇宙船で人々は飛び回り、ビーム砲で空中戦を行い、町を丸ごと滅ぼそうとするのである。

このような記述が、想像で書かれたものだとは一概に言い切れないだろう。何故なら、何千年も前に書かれた物とはいえ、現代の目撃証言の中で語られるUFOの動きと、あまりに共通点があるからである。(つづく)


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現代のインドでは、古代の異星人や神の話は事実として受け止められており、信じないどころか、そんなことは常識だと言われるだけだという。

古代の遺跡と古代宇宙飛行士説・4<改> [古代の宇宙人]

古代宇宙飛行士説を信じる者達がその説を主張するにあたり、根拠とするものが2種類ある。古代文書などの読むことが出来る証拠が一つ、もう一つが実際に見ることが出来る証拠である。

文芸初期の洞窟画や岩壁画、それに石の彫刻が世界中で多数発見されている。絵の力は、一千語の言葉に匹敵するのだ。例えば、イタリアの洞窟に描かれたヘルメットをかぶった2体の宇宙飛行士らしき絵があるのだが、これは一体何者なのか、答えは明らかであろう。
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古代の絵や像にかたどられる人物は、どれも当時のモノとは考えられない奇妙な服をまとい、ヘッドギアをかぶっている。しかし、これが何千年も前に地球を訪れた者の姿なのだろうか。
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古代の宇宙人に関する専門誌を発行するジョルジョ・ツォカロス氏は、古代宇宙飛行士説の第一人者で、その様々な証拠を求めて、世界中を旅している。彼は次のように主張している。

『地球外生命体らしき者を表現した像や彫刻、絵や文書は、世界中に存在します。アメリカ・ユタ州のペコキャニオンには、頭かヘルメットの上にアンテナが付いた奇妙な生き物の姿が、岩壁に刻まれています。
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地球の裏側に当たるオーストラリアのキンバリーでも、全く同じようなヘルメットをかぶった者の絵があります。こちらは、後光が描かれています。目撃した際に、洞窟の壁に絵で残そうとするほどの衝撃を与えたものとは、何だったのでしょうか。
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別の大陸になりますが、グアテマラ・シティでは、現代の宇宙飛行士に不気味なほどよく似た彫刻が発見されました。とても一千年以上前のモノとは思えません。コロンビアでは、現代の飛行機そっくりな形をした副葬品が数多く出土しています。
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固定された翼があって、胴体があって、垂直尾翼まで付いています。垂直尾翼は、自然界には存在しません。空気力学を考慮して、考え出された物だからです。当時の人々は、きっとこのような形をした物が空を飛ぶのを、目撃したのです』
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人々は何かを目撃し、何かを聞いたに違いないのだ。そしてそれを、当時の素朴な道具と絵を使って、できる限り表現しようとしたのであろう。それらが壁画や副葬品のような形で、現代まで残っているのである。

デニケン氏をはじめとする古代宇宙飛行士説の論者たちにとって、もっとも有力な証はメキシコにある。マヤ文明の遺跡・パレンケは、スペイン人探検家に偶然発見されるまで、何世紀もの間忘れ去られていた。

パレンケ遺跡は、その外観が巨大ピラミッドで、この古代神殿の地下には、数トンに及ぶ石棺が隠されている。7世紀にパレンケを治めていた王・パカルの墓であると言われている。パカル王は、ここパレンケで死んだと伝わっている。

マヤの指導者パカルは、謎の多い人物でもある。身長は2メートル10センチを超える大男だったと言われる。パカル王が死ぬと、人々はその墓の回りにピラミッドを建て、パカルを神のように崇拝したのだという。

パレンケに安置されたパカル王の石棺のフタには、マヤの芸術を代表するレリーフで飾られている。このレリーフにかたどられた人物は、パカルが地中に潜る姿であるというのが通説であるが、古代宇宙飛行士説では全く別の解釈をしている。

宇宙カプセルに乗った男が鼻には空気マスクを装着し、右手は制御装置を操作している。左手はスイッチを入れたように見える。左足のかかとはぺダルの上に置かれ、後方にはエンジンがあって、炎が噴き出ているようにみえる。
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このレリーフに描かれた男の様子と、現代の宇宙飛行士のロケットやスペースシャトル内での姿勢や身に付けた装備とが、両者を比較するとよく似ていることが解るのである。

考古学会では、このレリーフはパカル王が地下世界へ旅立つ様子を描いたものだとされ、デニケン氏の説は全く支持されない。宇宙へでは無く、地底へ向かうというわけだ。だが、観光客の多くは、デニケン氏の説を支持しているという。

マヤ人は高度な暦と数学の知識を持っており、特に天文学は進んでいた。古代において最も高い文明を誇っていたにもかかわらず、文明後期には忽然と姿を消してしまう。どこへ行ったかも、判っていない。ある説によれば、マヤの人々は宇宙人で、ただ地球から去っただけではないかという。

1929年、ガゼルの皮から作る羊皮紙に描かれた絵図が発見された。それは、オスマントルコの提督、ピリー・レイースによって16世紀に作られたものと判明した。しかしこの地図には、当時知られていないはずの大陸が描かれていたのである。作家のマイケル・クレモ氏は言う。

『この地図には、現在は厚い氷に覆われて見えなくなっている南極大陸の海岸線が描かれています。これは驚くべきことです。何故ならこの地図は、南極大陸が氷に覆われる前、つまり何百万年も前に作られたものかもしれないからです』

ヨーロッパとアフリカ大陸の輪郭までもが正確に描かれていたが、最も驚くべきは、南極半島が記されていることである。南極大陸の発見は、この地図(1513年製作と記す)が描かれた300年程後(1800年代)のことになる。南極を覆う氷の厚さは1.5キロメートル以上もある。

地図職人が、現代の世界地図の上にピリー・レイースの地図を重ねてみると、細部にわたって驚くほど正確に書き記されていたという。何世紀も前に地図を描いたこの人物は、まだ発見されていなかった山や河を、どうやって知ったのだろうか。

当時は氷の下を見る方法も無ければ、上空を飛んで地形を精密に写しとることなども、できたはずがないのだ。(つづく)


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なんだか、ぞくぞくするような話だ。当時、まだ知られていないはずの南極大陸や山河が、すでに正確に描かれた地図があったと言う話だ。マジックの種がどこかにあるのか・・・

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